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2010年4月28日

世界の中心、沖縄

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創ろうB級グルメ

2010年4月27日

古湯温泉

2010年4月26日

無から有を作る発想

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世界の中心、沖縄

2010年4月28日

夢を見た。
沖縄が独立したら世界でもっとも発展していた。
沖縄はアジアのどこにでも行かれる巨大な空港がある。
日本から独立したから日米安全保障条約とは関係なくなり、かつての基地から米軍機に変わって旅客機が24時間離発着するようになった。
那覇空港との一体運用で、シンガポールのチャンギ国際空港に変わるハブ空港島に変身した。東シナ海に浮かぶこの地の利を生かそうと15メートル推進のコンテナヤードをつくり、香港からコンテナ基地の座を奪った。
日本国より安い人件費を武器にハイテク産業の工場が集積、また交通が便利で美しい島はハワイを上回る観光リゾートとしてアジアの大富豪が押し寄せてきた。
石垣島には国際的なカジノやアウトレットが作られ、日本国からの年間観光客は1000万人、外貨である円を稼いで、沖縄国民の所得は旧宗主国日本をはるかに凌ぐようになった。
永田町や霞ヶ関からもっとも遠い県だったことが嘘のように、いまやアジアの中心沖縄国は前途洋々であった。
沖縄国民は独立のきっかけになった日本国脱税総理の退陣した5月31日を、沖縄の日としてたくさんの小鳩を放鳥して祝うという。

創ろうB級グルメ

2010年4月28日

シシリアンライスが人気だ。
昭和の終わりに佐賀市の喫茶店が始めたと言われる。
ライスの上に肉とサラダを載せてマヨネーズで味付けしたメニューで、ネーミングが謎だけにかえってミステリーになっている。
宮崎の肉巻きなど、次々に登場するB級グルメが地域おこしでは重要になる。
高級料理を地元のニーズだけでは支えられない。誰でも手が届くから人気になりやすい。
とくに食べた人が得意になって説明することで評判になる。
いわれがわからないと議論になるからまた広がる。
マーケティング戦略の定石だ。

古湯温泉

2010年4月27日

佐賀市郊外の古湯温泉に行った。
小高い丘の上にある旅館「杉乃屋」は、森林伐採をしていたオーナーが地元の杉材をふんだんに使って建築した旅館で、 落ち着いたたたずまいを見せていた。
何よりも料理が大満足。鯉や山菜など土地の食材を十分に使い、私たちのグループみな大満足だった。

今回佐賀周辺をバスで巡ったが、びっくりしたのは久しぶりに行った吉野ヶ里の大変貌だった。
以前は田畑を掘り返したばかりという感じだったが、いまは国営公園として整備され、 見学者への説明も古代の装束のボランティアガイドが立ち、また古代の祭の再現の劇なども演じられた。
これをもっと観光ピーアールに活かさない手はないと感じた。

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古湯温泉「旅館 杉乃家」からの全景

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最高権力者を埋葬したお墓の発掘された状態をそのまま展示

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吉野ヶ里の物見やぐらの一部

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弥生時代を再現したお祭りの行列

無から有を作る発想

2010年4月26日

需給ギャップ拡大でデフレ、飽和社会に市場縮小と新聞や雑誌には悲観的な記事が並びます。
しかし本当にそんなに世の中は悲観的なのでしょうか。
どんなヒット商品でもそれが出現するまでは誰も予期していないものなのです。需給ギャップとは、既存の商品に対する需要が少ないということを言っているに過ぎません。
一度画期的な新商品が出れば世の中の雰囲気は一変、それを求める長蛇の列ができれば、需給ギャップなんて馬鹿げたことを論じていたことなどみんな忘れてしまうものなのです。

品川駅のコンコースでクリームパンの店に行列が出来ています。
「八天堂」という77年の歴史を持つ広島県三原市の会社が、それまで100種類以上あったパンの生産種類をクリームパンに絞りこみ、1個200円で販売して大当り。カスタードクリームや抹茶、チョコレートなどのクリームパンをいまや首都圏で一日2万個売っています。
この会社にしてみれば、このヒットの前までは首都圏で1個も販売していなかったのですから、まさに「無」から「有」を作りだしたことになります。
人口減少で胃袋縮小マーケットなどと学者やエコノミストがいくら正論を吐いても、行列ができて飛ぶように売れているという事実の前には、全く説得力はありません。
そもそも品川駅でクリームパンが売れる潜在需要などなかったのです。

1が20000になれば2万倍ですが、ゼロが20000になったのは無限大倍だと考えましょう。
「無」から「有」をつくる発想はデフレ経済であろうとも、大不況であろうとも関係ありません。

景気より若者が心配

2010年4月26日

春闘などがあったから経営者は積極的には言わなかったけれど、3月から景気ははっきりと上向きに転じている。
毎日全国を回り、地元の経営者や銀行関係者からヒアリングをしているが、3月に入った頃から明らかにトーンが前向きになっている。
日本国内でのみモノを売っている商売はまだまだかもしれないが、日本以外に売っている人たちは順調に売上を拡大している。
問題はこのことをいまや輸出という言葉で表現しない方がいい。
福岡や長崎で売ることと、上海で売ることに差があると考えるからいけないのだ。狭い日本列島の中だけ考えれば需要は減退、閉塞状況にあることはいうまでもない。
しかし古今東西いずこの商売だって、売れる場所で売れる商品を売るのが常道だ。輸出産業などという死語を忘れ、あらゆるビジネスが日本以外で商売をする可能性を模索すべき時だと考える。
日本企業が現地生産、現地販売をする。ユダヤ人や中国人が世界でビジネスをしてきたことを思いおこせばいい。我々の先達だって、かつて満州やブラジルに新天地を求めて渡っていった。
いま当時と比べはるかに交通機関や生活環境はよくなっているにもかかわらず、日本国内で仕事がないならよその国でビジネスをしたいと志す若者、とくに男性の若者が少ないことの方が問題だと思う。
旅行すら海外より国内の温泉がいい、その道すがらさえ外の景色、地元の人との語らいよりミュージックプレーヤー、ゲーム機、ケータイで一人の世界に耽っている若者を見るにつけ、こんな若者たちが世界で活躍する日本の牽引力になれるのかと心配になる。
目先の景気より彼らのほうがはるかに心配だ。

二日続きで破産の話

2010年4月23日

昨日駅弁会社破産申請の話をしたら、今日は英会話レッスンのジオスの破産の話題だ。
実は我が息子も通っていた。
3月末までに年間受講料を払わせるから、今がいちばん英会話学校の通帳に金がある時期、しかも新年度最初の給料支払い前に学校閉鎖とは、経営者は計画的だったと言われても仕方ない。
詐欺同然の手口だ。
我が子は閉鎖の前日も授業を受けたが、なんの前触れもなかったようだ。
だが1月にすでにオーストラリアの系列校が破綻していたというから、新年度の受講生から学費を稼いでからトンズラしてやろう、と考えていたのは間違いない。
良心的な経営者ならば、たとえ向こう1年の学費を先にもらっても授業を続けるメドがたたないと考え、混乱を増幅しないために廃業を選ぶはずだ。

景気は明らかに上向いてきたとはいえ、昨日の駅弁といい、あるいは英会話学校といい、世の中のニーズに対して過当競争の業界の淘汰の波は今後も押し寄せる。それは景気の問題ではなく新しい時代に向けての軋みだと思う。
いかに舵を切り企業経営を時代に合わせて行くか。
経営者に課せられた責任は限りなく重い。

駅弁大会活況の陰で

2010年4月22日

悲しいニュースだ。
全国を駆け巡る私が、大阪駅で買う定番駅弁だった「水了軒」が営業を停止し、破産申請をすることになったという。
新幹線中心の旅行、コンビニの普及などから駅弁の需要は減る一方。
百貨店などの駅弁大会が活況だから、さぞや駅弁会社は儲かっていると錯覚しているマスコミも多いが、本来の駅で購入して車内で食べるという駅弁のスタイルは消えつつある。
売れているのは主要駅だけ、昔は時刻表を開けば小さな駅にも駅弁取り扱いの記号が記されていたが、いまや駅の近くで駅弁よりはるかに安いコンビニ弁当が売られているから、駅弁がないと困るという時代ではなくなった。
かくしてよほどのファッション性があり、マスコミ受けする駅弁だけが生き残り、一般的な駅弁は存在感を失いつつある。

日本ほど地域に根差した駅弁文化のある国はないのに、全国画一化の波はこんなところにも押し寄せている。

爆発的ブームとその反動

2010年4月21日

鳩山内閣の支持率が危険水域に入ってきた。
70パーセントを越える圧倒的な支持を集めた発足当初の熱気はもはやない。
一度冷めた支持を再び回復させるのは容易ではない。
いま私がいるのはその鳩山総理の選挙区だ。
しかし地元の人に水を向けても、あまり「おらが郷土の偉大な政治家」を自慢する人はいないようで、心なしか伏し目がちのように感じるのは気のせいだろうか。
ブームの後の反動が恐い。
この北海道には近年じゃがポックルやスープカレー、そして生キャラメルと爆発的なヒット商品が相次いだ。
一人あたりの購入個数制限、予約制などで売手市場を現出していたが、いまではあの時の熱気は嘘のようだ。
ブームはないよりはあったほうがいいという意見もある。しかしなまじブームが永遠に続くと過大投資に乗り出し、その経営判断の甘さから経営危機になる例も少なくない。
いかにほどほどに伸び続けるか。
これが難しい。

函館発六本木行き

2010年4月20日

函館から室蘭、苫小牧と移動している。
一ヶ月前に来た時には五稜郭の堀はまだ凍りつき、函館山に登る道路も通行止めだったが、ようやく水もぬるみ差し込む陽光も暖かみを感じるようになった。
先週末の東京の寒さから比べれば、むしろ函館の方が暖かいかなと思うくらいだ。
旭山動物園が人気を集めるようになって、本州から北海道に来る観光客が札幌から旭川方面へと重心が移り、函館など道南地域の地盤沈下が気になる。
その函館の朝の魚市場のせりを取材した。
水産物卸し、小売業の「魚長食品」は、地元で魚の小売りをするほか土産物販売からホテル業など幅広く観光業も営んでいる。
しかし函館だけでは閉塞状況なので昨年東京六本木のミッドタウンに進出、函館直送のネタを売り物に回転寿司の店を出して人気を集めている。
「まるかつ水産」という名のこの店は単なる売上を目指すにとどまらず、函館のよさを全国の人達にアピールして函館に観光に来て欲しい、という願いを込めた戦略ショップだ。
柳沢政人社長自ら競り落とした魚が朝一番の飛行機で六本木に送られ、昼には回転レーンにならんでいる。
社長お勧めのイカで、仕事帰りに東京のサラリーマンが一杯楽しむ。
六本木の店の店長以下主要メンバーは、函館から長期滞在で東京の店を守っている。
函館と六本木が結ばれているのである。

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東部戦線異状あり

2010年4月19日

地方から東京に出て来る人たちにどのあたりに住みたいかと聞くと「田園都市線か東横線、小田急線あたり」と答える人が多かったようです。
電鉄会社のイメージ戦略の勝利もあり、戦後東京は西へ西へと開発のウイングを広げてきました。
その山の手地域に対して東側の隅田川から東にあたる川の手地区、あるいは下町地区にあえて住みたいと手を挙げる人はあまり多くはなかったようです。
工場街、ゼロメートル地帯、あるいは江戸の大火、関東大震災、東京大空襲など大きな被害を受けた印象もあったかもしれません。
そんな東京の下町のイメージを一新し、低迷する景気の回復、日本再興の牽引地域として存在感を示す可能性を、私はいま隅田川流域エリアに見ています。
そのきっかけは一年後に開業する東京スカイツリーです。
単なる墨田区押上地区に600メートルのタワーができるというにとどまらない経済効果を予想します。
まず視認性の高いタワーの周辺部でマンションなどの人気は高まるはず。
もともと町工場が多い場所がらですが、近年操業を止めたものの思うように土地の売却ができなかった、という経営者が墨田区だけではなく周辺の台東、葛飾、 足立、江戸川などにはたくさんいます。民家の土地と比べて工場の跡地ならばマンション用地としては格好で「タワービューのマンション」、さらにはホテル、 レストランなどへの転用に弾みがつくはずです。すでに東京の不動産業者は3K(亀有、亀戸、金町)が合言葉になり土地の売買は増えています。

現在東京に来る外国人が訪れる人気No.1の観光スポットは浅草ですが、東京スカイツリーと浅草寺は言問橋を経由すれば歩いて15分ほど。途中タワーの写真を撮り隅田川を橋から見物しながら歩けば苦にならない距離です。
パリの地下鉄最寄り駅からエッフェル塔までもこのくらいの距離です。
一般に外国人が高いところに昇りたがるのは古今東西共通の性癖、エンパイアステートビル、エッフェル塔に上海電波塔など、どこでも見られる光景です。
浅草とタワーはこれから強力な観光マグネットになるに違いありません。
さらに地デジ放送のために作るタワーですからNHK、民放上げて完成後ライトアップされるこのタワーを被写体として露出する頻度は高まり、金額では換算できない宣伝効果が期待できます。

また浅草寺とタワーを挟むように流れる隅田川沿いの観光スポットにも光が当て直されるでしょう。
花火や桜の名所、水上バスで下れば江戸東京博物館に国際色ゆたかなスポーツの祭典、大相撲が開催される国技館のある両国、さらには世界のアキハバラと続き ますから外国人が喜ばないわけはありません。そういえばアメ横だって御徒町の派手派手ディスカウンター多慶屋だっていまやワールドマーケット化していま す。
タワーが隅田川流域の東京東部地区全体の活性化に経済効果を発揮するはずです。
東武線や京成線の資産価値を高め、ターミナル駅浅草のビル再開発も日程に上ってくるでしょう。

東部戦線異状あり。
山手地区に対して大きな開発のうねりがここに押し寄せています。

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