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2011年4月のバックナンバー

佐野昭子のおもてなし講座⑭

2011年4月28日

佐野昭子のおもてなし講座⑬

2011年4月28日

「九州の中心になりえるか」

2011年4月27日

公園の花壇の中の散策風景のように見えるが、実はそうではない。
九州新幹線全線開業に合わせて完成した博多駅ビル「JR博多シティ」屋上の庭園である。ドッグランに鉄道神社など家族連れやカップルが楽しめるくつろぎ空間となっており市内を一望に見渡すことができ、早くも人気スポットになっている。
「JR博多シティ」は地上10階、地下3階建て、延べ床面積20万平米、売場面積10万平米というJRの駅ビルとしては日本一の規模を誇る。
核テナントは九州初進出の「博多阪急」で店舗面積は42000平米、専門店街「アミュプラザ」は日本最大のレストラン街と239のショップを持つ。
一日の来店目標は平日10万人、休日は20万人だという。
開業早々の震災でイベント自粛などに見舞われたが、開店二週間の平均来店者は26万人と予想を上回る人出だった。
しかし、これまで博多駅周辺はビジネス官庁街で福岡市民はもっぱら買い物といえば天神であった。また博多駅は九州最大の駅とはいえJRと地下鉄の一日あたり乗降客は35万人で、首都圏のターミナル駅から比べれば見劣りがする。
開業人気が一巡したあと果たして日本最大級の駅ビルが成り立つのか、厳しい見方もある。

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「声の遺書」

2011年4月26日

日本中を驚かせた昨日の田中好子さんの葬儀。
死の数週間前に肉声で心境をテープに綴っていた。
被災地の人々への気遣い、かつてのパートナーへの感謝など、苦しい息の中でもしっかりと言葉を大切に選びながら語る凄さに驚嘆し涙を流した人も多かったろう。
毅然と最後まで自分の役割を果たそうとするプロ根性に頭が下がる思いだ。
20年以上も病を隠し、自分に負けなかった強さも驚嘆に値する。
あの愛らしい笑顔の裏にどこにそんな強さがあったのだろうか。
天国で被災した人々に尽くしたいというメッセージはいつまでも私たちの心に残るにちがいない。

文明が変わる時

2011年4月25日

国中が自粛ムードの中、飲料会社が「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」という二曲を何人もの人がリレーで歌うコマーシャルを流しています。
この日本人に愛されてきた歌を歌った坂本九さんの最期となったのが1985年8月12日におきた日航ジャンボ機墜落事故でした。
この事故を題材にした映画「沈まぬ太陽」に体育館に柩が並ぶ遺体安置所のシーンがあります。今回もまたこんな悲しみの場所があちこちにできてしまったことに心が痛みます。
思えばあの事故も日本という国の転換点で起きた悲劇でした。
あの事故から一ヶ月半後にプラザ合意があり、急激な円高と、行き過ぎた金あまり政策からバブルが生まれます。そして10年後の阪神大震災を経て日本は国力の衰退過程に入りました。
戦後日本人を励ます愛唱歌を歌い、誰からも愛される国民的歌手として親しまれた坂本九さん。「上を向いて歩こう」は日本車やトランジスタがアメリカに進出しはじめた頃、日本初のヒット曲「スキヤキソング」として人気を集めました。その坂本さんが亡くなったのが、戦後日本が信奉した近代文明の象徴とも言えるジャンボジェットの事故であったことは何と言う皮肉でしょうか。
いま私たちはまた今回の震災で何かが変わるという予感を持っています。
戦後ならぬ「災後」だと言う人もいます。
私たちが謳歌してきた豊かな社会は、湯水の如く使える電気があって初めて成り立っていたことに私たちは今回気づかされました。原発の事故という悪夢のような現実の前に私たちはいま立ち尽くしています。
これまで歩んできた道筋に決別し、新しい国をつくる。そしてなにより資源多消費、大量廉売とは異なる新しい価値観に裏打ちされた社会をつくることが私たちに課せられた課題だといえます。
後世に残すものが放射能に汚染された国土だけというのではあまりにも悲しいと思います。
新しい文明をつくり、良い国を子孫に渡すために、私たちは上を向いて歩かねばなりません。

「商店街最大の集客ソフト」

2011年4月25日

今年で37回目を迎えた横浜野毛の大道芸が週末行われた。
今年は自粛ムードのせいか例年より人出は少ないように思われたが、回数を重ねるごとに運営が手際よくなり、また販売商品も増えて、商店街あげての取り組みとして定着してきたと思う。なによりもごく普通の商店街の路上が会場だし、大道芸だから設備コストも最小限だ。土曜日のように悪天候に災いされるリスクもあるが、投下資本が少ないから大きな損害にはなりにくい。
老若男女幅広く集客ができ、みなで楽しい時間を過ごすことができる。
多彩な芸人のプログラムを作れば飽きられることもない。
あとはこの集客をどうやって実際の購買に結び付けるかを考えればよい。
全国商店街が見習うべき最強の集客ソフトだと思う。

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「春一番の吹いた後に」

2011年4月22日

朝起きると何本ものニュース速報メールがケータイに入っている。
ひっきりなしの地震速報にもはや慣れっこになってしまった。
そのうちの一本に消去作業の指がとまる。
「キャンディーズ」田中好子さん、乳がんで死去。
エッ?
若すぎる。
55歳。
私と同年代ではないか。
あの三人娘がミニスカートで踊っていたことがつい昨日のことのように思い返される。青春の1ページを彼女たちの歌とともに綴った人も多いはずだ。
歌は悲しみを乗り越えるための勇気や癒しを人々に与えてくれる。
そしていつまでも歌い継がれる。
去年、歌声喫茶で名前も知らない同年代の人達が「あの素晴らしい愛をもう一度」や「知床旅情」を歌って感動したことを思い出す。一曲のメロディーの裏にたくさんの人生がある。

キャンディーズの甘い歌声に感謝している人たちが列島いたるところで口ずさむ「春一番」が聞こえる気がする。

「便利さに慣れすぎたツケ」

2011年4月21日

春の装いに変えたとたんの寒さに思わず震えてしまう。
街の自販機の飲み物もこの時期、温めて販売するものと冷やして売るものを切り替える時期だから担当者は気温を睨みながら調整に悩んでいるはずだ。
思えばこれほど便利な国はない。
日本は世界一の自販機大国。
治安がよく自販機荒らしが少ないこともあってさまざまな商品が街で売られている。温度を変えて飲み物を売る発想などいかにもきめ細かな日本人が考えたサービスだ。
潤沢に使える電気があってこそのこの自販機にいま北風が吹き付けている。
電力不足なのだからやめろと言う意見が、あまり自販機を使わなさそうな人から出た。
それならまずお膝元エリアの計画停電に率先して協力すると言い出すのが先ではないかという気もするが、まあそれはそれとして病院や信号機まで電気が通らない危機の中で、便利すぎたサービスを見直す必要があることは間違いない。
自販機だけではない。コンビニやスーパーが24時間開いている必要が本当にあるのか、百貨店が元日以外営業している必要があるのか、家電量販店でテレビが何十台もついている必要があるのかと考えると、決してそういうものを最初から消費者が求めていたわけではなかったことに思いあたる。
便利ですよ、という殺し文句の販売促進がいつのまにか電力多消費社会を作り上げてしまった。
便利さに慣れすぎていたツケを払う場面に私たちは直面してしまった。

「新入生が違う」

2011年4月20日

新学期が始まった。
大学のキャンパスにも初々しい顔が並ぶ。
気のせいかもしれないが例年と少し気合いが違うような気がする。
震災をどうとらえるかという私の授業にもみんな食い入るような目線で真剣に聴講していた。
震災が、若者が社会に目を向けるきっかけになり、自分達が日本を復興させるんだと思ってくれるならば、何より不幸中の幸いといえるのではないだろうか。

母の日にフラワープラスアルファのサプライズギフトを提案、アニバーサリー

2011年4月19日

東京代々木にあるフラワーギフトの「アニバーサリー」では「母の日ギフト・玉手箱」と名付けた企画商品を発売した。
これは母の日のプレゼントに花だけではなく、もう一品のギフト商品を「玉手箱」の中に詰め込むというもので、南高梅、新茶、入浴剤などを組み合わせている。

ギフト「玉手箱」の詳細は
 http://anniversary.adpage.jp/anniversary_gift.htm

 

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