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2011年5月31日

「自然の力」

2011年5月30日

意識の変化

2011年5月27日

「梅雨入り」

2011年5月26日

「発想の転換」

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2011年5月のバックナンバー

「自然の力」

2011年5月31日

台風が南岸を通過、列島に強い風が吹きつけた。
5月に梅雨に入り、そして台風の襲来。被災地にも雨が、風が襲う。
地震の度重なる揺れに翻弄されているのに、自然は容赦がない。
例年ならまだこのコースを台風が通過することはあまりないように思う。
地の下の秩序と同じように空の上の事情も様変わりのようだ。
科学の発達は目覚ましいとはいえ、大自然の前にはまだまだ赤子のようなもの、人間の驕りを嘲笑うかのように自然の神が縦横無尽に振る舞う。
自然に刃向かうことなどゆめゆめできもせぬが、せめて恵みを少しでも分け与えていただこうというのが自然エネルギーの活用だろう。
太陽の恵みや風の神の威力をいただき電気を起こさせてもらうならば、罰もあたるまい。
自然の威力に畏れおののくいまこそ、その自然との共存共栄を真剣に考えねばならない。

 

意識の変化

2011年5月30日

晴れた休日の新宿御苑。
新緑と薔薇の香りが漂う芝生にたくさんの人たちが集まりました。
「ロハスデザイン大賞」というイベントでした。
LOHASとはライフスタイル オブ  ヘルス アンド  サティスナビリティというアメリカ発の造語で健康で持続可能な生活様式ということですが、抽象的な言葉ゆえ自社や商品のコンセプトにいいとこどりで利用するという域を出ていなかったと私はこれまで考えてきました。
この日のイベントは、ロハス的なヒト、モノ、コトがおよそ80、パネルや実物展示で紹介されそれを投票により選んで大賞を選定するというものですが、集まった人は大賞自体に関心があるという一部の関係者を除けば、コンサートを聞いたり、木工細工で子供たちを遊ばせたりという目や耳で自分の興味のあるものをみつけようとする家族連れやカップルが多かったように見受けました。
私が注目したのは、そこで紹介されているものにこれまでの健康などに関するものに加えて被災地支援や節約、自然エネルギーといったテーマが加わっていたことでした。
自然に親しむといった考えからさらにすすめてバイオや太陽光など自然エネルギーに関心領域を広める。
金にあかして高額商品を買うのではなく身近な素材を活かし自ら作るという趣味や子供を遊ばせる玩具、節約といっても悲壮感漂う貧しさを感じさせるものではなく、楽しく工夫することで結果的にトクをするようなライフスタイルを感じる実例が紹介されていました。住宅展示も単なるエコ住宅ではなく環境にやさしい仮設住宅であったり、被災地の支援活動にしても実労働もさることながら現地の人たちの人間的なお付き合いを楽しみにして、不幸な災害がきっかけではあるけどこれから長く付き合っていきたいといった気持ちが感じられるような活動が紹介されていました。
 一見、健康や被災地支援、節約などはなんの脈略もないようにも見えながら、どこか背後で一本縦糸でつながっているような考え方を感じました。
これまでの経済成長、資源浪費、出世第一といった価値観とは対極にある、人間性重視、資源節約、あくせく殺伐とした過ごし方ではなく金は使わずとも満足のゆく暮らし方を感じました。そしてそれは結果として健康で持続可能なライフスタイルということになるのかもしれません。
震災を経て日本人の生き方が大きく変わるかもしれないと感じた瞬間でした。
高級ラグジュアリーブランド店が震災後全く売れないのは一時的な不況や自粛という理由ではないのかもしれません。あらゆるビジネスが今後新しい消費観に対応するように舵を切る必要があるのではないでしょうか。

「梅雨入り」

2011年5月27日

関東甲信、東海地方が梅雨入りしたという。平年より12日早いそうだ。
5月の梅雨入りは確かにあまり記憶がない。
しばらく憂鬱な日が続く。
果たして天気の梅雨明けと政界の梅雨明けのどちらが早いかだが、残念ながらこちらはすっきりするにはまだ時間がかかりそうだ。
梅雨前線を吹き飛ばすには台風のような強力なエネルギーがあることが大きな条件になる。
政界の黒雲を払うにはやはり総選挙のようなエネルギーが必要だ。
もはや国民の多くが一掃を望んでいると考える。

「発想の転換」

2011年5月26日

以前アトランタのコカコーラ本社に視察に行った。
副社長とのミーティングの際、なぜアイスコーヒーをアメリカでは売らないのかと質問した。
彼は顔をしかめ、「冷たいコーヒーなんてまずくて飲めない」と言った。
日本のコカコーラが「ジョージアコーヒー」をこれだけ売っているのは、アメリカ法人ではなく日本法人のマーケティングの成功以外のなにものでもない。
いまアメリカでアイスコーヒーはかなり浸透しているが、それはスターバックスなどシアトル系コーヒーショップが広めたといっても過言ではない。
コーヒーをアイスで飲む発想、自販機でもホットとアイスを切り替えて売る発想。
これが日本人なのだ。カレーもラーメンも国民食にしてしまう貪欲さが真骨頂。
ホットコーヒーからアイスコーヒーに切り替わる時期にあらためて実感する。

「緊急提言 世界一の自然エネルギー大国になろう」

2011年5月25日

もともとエネルギー源がなく石油を求めて戦争までしてしまった日本。
今回原発に活路を求めようとしながら、また「フクシマ」の汚名を世界に流してしまったことを「第二の敗戦」ととらえて一から国造りをしようと我々は考えるべきではないか。
東北で津波に襲われた広大な土地、原発周辺の土地を国が一気に買い上げ太陽光パネルをズラリと並べる。とくに福島浜通りは東北の湘南と地元では呼ぶほど日照がある。太陽光発電は原発と比べて土地効率が悪いというが、不幸にも北から南まで500キロ以上に及ぶ広大な土地が今回被災しているからパネルを張り巡らす土地は十分ある。さらに北東北は昔からやませという季節風が冷害の元凶だったから風が強い。太陽光パネルを囲むように風力発電機を並べる場所も相当あるはずだ。
つまり被災地を自然エネルギーの基地にする。
その国家プロジェクトを大規模公共事業と位置づけ雇用を発生させ、さらには電機業界など関連産業も世界最先端の水準に活性化させる。
これは「世界でいちばんでなければだめ、二番じゃだめ」なのである。
なぜならば世界一だからこそ東北に視察観光客が世界から殺到し、ついでに平泉も松島も潤うからだ。
日本一の富士山、世界一のエベレストに行きたいと思っても二番目に行きたいと言う人は少なくなる。
日本が技術力を生かし世界一の自然エネルギー大国になれば、そのプラント力がブランド力になり輸出も増大する。
原発を減らす分を中途半端に化石燃料依存に戻すのではなく、壮大な国家プロジェクトで未来をつくる発想に換えてゆくのだ。
金がない?
日本は昔から金がなかった。日露戦争の戦費は外債でまかない、東海道新幹線は世界銀行から借りた。これまでよその国の国債をせっせと買って、世界一の金持ちと言われた国が自国の存亡の危機に金がないとは何事か。知恵がないだけではないか。
大切なことは国造りのビジョンを語ることである。

「梅雨のはしり」

2011年5月24日

朝強い雨音に起こされた。
九州などはすでに梅雨いり、関東の梅雨も間近に迫っているようだ。
憂鬱な梅雨空と政治、景気にいらいらがまた募りそうだ。
恐いのは、本格的な雨のシーズンの到来で地震で揺らいだ大地が崩れることである。
例年以上に今年はその備えが欠かせない。
災いは続けてやってくるものだ。
大地の揺らぎに風雨の追い打ち、ひたすら自然の咆哮に耐えるのもまた人生である。
待てば海路の日和あり。

「東北復興支援キャンペーン」

2011年5月23日

新宿駅西口地下のイベントコーナーを使って、全国から集まった地域産品業者が商品販売の売上の一部を東北復興のために寄付するイベントが行われた。
これは「ジェイアール東日本企画」が主催し、全国20を超える企業や団体が参加して行われたもので、いかめしにジャム、ゼリー、ジュースなどさまざまな食品が販売された。
会場ではまた「がんばろう福島・会津物産フェア」も同時開催され、観光キャンペーンも繰り広げられた。
このキャンペーンは5月21日(土)から24日(火)まで行われるが、売上の一部は東京都福祉保健局・日本赤十字社を通じて被災地に寄付される。

このサイトに登場する函館の「魚長食品」、佐世保の「豊味館」、そして岐阜の「内堀醸造」も参加しているので東京地区の方は是非ご覧いただきたい。

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傾聴

2011年5月23日

毎日のように講演をしていますが、数年前から奇妙なことに気がつき始めました。
聴衆の中にパソコンやケータイに向かって一心に打ち込んでいる人がいるのです。
最初は、話の内容をノートに書くのではなく打ち込んでいるのだと思っていました。
しかし皆がみなそればかりではないと最近気がつきました。
ツィッターに私の講演内容が実況中継風に書き込まれ「炎上」していたのでした。
それを読むと、聴衆として聴いていた人は、ツィッター仲間からの質問に手際よく答えているのですが、当然この人は私の話を聴くよりツィッター仲間たちへの膨大な返信に追われていたはずです。
この人は私の話を熱心に聴く気があったのでしょうか。
やじ馬的に講演内容を他人に伝えるために冷やかしに来たのではないか、と思うとあまりいい気持ちはしません。
だいたい周囲の人も一心不乱にキーボードをたたいている人がいると気が散るはずです。
またツィッターで私の講演を論評していただいている人は、断片的な私の一言に対して、けしからんだの、ふざけるなだの書きたい放題。話の全体内容やこちらの講演の意図も、どういう対象に対して話しているかも関係なく、まあよくこうまで悪口書くよなと呆れるばかり。 一体こんなことやることに何の意味があるのでしょうか。
だいたい長い講演の一言だけを第三者に切り取って言い触らし、そこだけ独り歩きすれば、たいへんな誤解を生んで最悪の場合パニックを引き起こす心配さえあるではありませんか。
SNSやツィッターの良し悪しを論じているのではありません。
人の話を傾聴する、周囲に迷惑をかけないというモラルがまず先になければならないという人間付き合いの基本が分からない人に、ソーシャルネットワークを使って頂きたくないと申し上げたいのです。

佐野昭子のおもてなし講座⑯

2011年5月22日

佐野昭子のおもてなし講座⑮

2011年5月22日

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