「西村晃のマーケティングの達人 大繁盛の法則」企業経営・売上アップのヒントを提供

月別一覧

月別バックナンバー

2011年8月のバックナンバー

「ドジョウが出てきて、さあ大変」

2011年8月31日

大逆転で野田佳彦氏が民主党代表選挙に勝利し、総理大臣に指名された。
おそらく私たちが生きている間、最大の国難の時に、最悪の為政者をいただいていた日本。
無為に過ごした数カ月、なのにわずか3日で後継者を決めなければならないという矛盾も、あの二度と顔を見たくない男が作りだしてしまったということを、我々は忘れてはいけないと思う。
それはともかく「名演説」の「ドジョウ」、「寝技は苦手」、など民衆の肝をつかむ出足はなかなか巧みである。
低姿勢で反主流派と野党をなだめる手法からは、官僚にも市民派にも、ボンボンにもないしたたかさを感じる。
実はこれは「雄弁会流」だ。
マスコミは野田氏が松下政経塾出身であることを取り上げているが、実は彼は早稲田大学雄弁会の出身だ。
竹下登、渡部恒三をはじめ、党人派と呼ばれる数々の代議士を排出してきた政治家養成の名門クラブである。
ここでは、学生時代から根回しや談合というあまり若者らしくない人間関係作りを学び、たかが学生の部活動にも関わらず幹事選挙などに奔走する。
また国政選挙などの応援に出かけ、街頭でマイクを握り実践で政治を学ぶ。
野田氏が選挙区の街頭に連日立ってきたのもここで鍛えられた成果だろう。
実は私もその雄弁会員、野田氏と同期生だ。
国難の時に、意見をまとめ、力を一つにすることは至難の業だ。
根回しの難しさもひとしおだろう。
しかし輿石幹事長、前原政調会長、平野国会対策委員長といった布陣をみるとこれはなかなかやるな、と思う。
いずれにしても前途は多難。
まずは、頑張ってほしいと思う。

「一菅の終わりにしてよ」

2011年8月29日

菅直人首相退陣記者会見には一国のリーダーの退陣特有の張り詰めた緊張感もなにもなかった。
もう顔も見たくない、とっとと消えろ、唾を吐きすてたいような不快感しか残さない最期だった。
本来は3月11日の新聞で報じられた外国人による献金問題でとっくにいなくなるべき男が、その日に起きた震災を幸いに生き残り、対処能力を発揮することなく、復旧復興を遅らせてしまっただけの半年あまりの時間を浪費させた極悪犯罪人だ。
それだけでも政権からおりなければならない民主党なのに、後継者選びにまた小沢、反小沢かよ、いい加減にしろとシラケるばかりだ。
一郎も菅もいらない。
早く一菅の終わりにしてくれ。
おまえら日本を壊して何が嬉しいんだ。

地域活性化

2011年8月29日

福岡県苅田町に今年になってから何回か通っています。
地元の経営者たちに依頼を受けて観光による地域活性化の相談にのっているのです。
この町は今のところ特に大きな観光資源はありません。観光よりは鉱工業で成り立ってきました。
石灰石などの鉱物資源もあり、また近年は日産やトヨタの工場もできて過疎に悩む地方都市と比べれば客観的に見れば恵まれているほうだと思います。
しかし地元の若手経営者たちは、産業構造の変化に危機意識をもっています。
円高が進み、自動車産業の空洞化が進めば、いつまでも苅田町に自動車工場が存在し続ける保証はありません。今のうちに次の町の産業を考えておく必要がある、というわけです。
その「次」にあたる産業として観光業を育てられないかということになり、私も参加して観光資源の発掘に乗り出したというわけです。
私たちが目を付けたのは沖合い700メートルに浮かぶ「神の島(こうのしま)」という島です。
ここから苅田町の陸地を見ると工場群が一望でき、特に夜のイルミネーションは幻想的です。
またこの島は無人島でいまは訪れる人もいませんが、かつては引き潮のときには陸地とつながり、弁財天を祀る社もあります。「神の島」という名前の由来もそこにあるわけですが、見る角度によって、この島は神様が手を合わせて横たわっている姿に見えなくもありません。
この島を観光資源に活用できるかもしれない。
苅田町に生まれ、生活している人さえ初めて渡ってみたという人もいるくらいにこれまで見落とされていたこの島を使って観光を起こすことができないか。
「無から有をつくる実験」に私たちはいま取り組んでいます。

 RIMG0121_320.jpg

RIMG0149_320.jpg

RIMG0183_320.jpg

佐野昭子のおもてなし講座⑰

2011年8月25日

口癖を見直してみませんか?

 

「責任をとって辞任」

2011年8月23日

サラリーマン社会では「責任をとって辞任」とは、その企業を辞めることを意味する。
他人に迷惑をかけた責任は地球より重い。
まして公人中の公人である政党の代表者や大臣を「責任をとって辞任」したという人が短期間でまた復活するならば、その責任はいったい何だったのだ。
マエハラという人には 「前」に波乱があった。
党の代表者として部下のでっちあげ偽メール問題が国権の最高機関を揺るがした責任をとって辞任したはずだ。
さらにまたわずか数ヶ月前には外国人の献金問題で外務大臣を辞めたではないか。辞めてもすぐにまた次の敗者復活戦に出ることに恥ずかしさを感じるような真っ当の神経ならば政治家は務まらないということなのか。
政界を引退すると首相辞任の時語った人間が、前言を翻してその発言の重みを忘れてしまう軽さ。
またこの国民的ペテン師に「ペテン師」と言われてまで政権に固執した権力亡者・・。
こんな先達の跡目相続なのだからマエハラセンセイだって責任なんて感じるわけもないか。
軽い、実に軽い。
亡国の首相選びにため息もでない。
これで反政府運動が起きないなんて不公平だ。
カダフィの不満が聞こえてくる。

 

熊本、フォーズファクトリー森川さん、アジアラリー2位!

2011年8月22日

このサイトで紹介している熊本県宇城市の自動車販売業「フォーズファクトリー」の森川金也さん(46歳)は、8月6日~8月11日にタイ~カンボジアで行われた「2011アジアクロスカントリーラリー」で見事総合2位に入りました。
このレースにはアジア各国から15チームが参加し、6日間に渡り役2000キロのジャングルなど荒れ地を走破する過酷なレースです。 日本からは5チームが参加しましたが、自動車メーカーなどのスポンサーが付かない全くのアマチュアチームながら森川さんは9回目の参加にして最高の成績である2位になりました。

2011axcr 007_320.jpg

「不便が新しい時代」

2011年8月22日

新しい商業施設ならばいまやトイレに温水洗浄便座やジェットタオルが設置されているのは当たり前。
しかし原発事故以来とくに関東地方では、「節電のため使用を中止しています」という貼り紙があり使えないところが多数派になった。
おそらく電気を湯水の如く使用してもなんの心配もないという時代は私たちが生きている間に二度と来ないはずだ。原発依存はもう無理だし自然エネルギーで電気を十分確保することも当面難しい。
これまで私たちの国は明治以来、より便利により快適になる暮らしというのが前提にあった。
しかしこれからはちがう。新しい施設ほど、エアコンを前提にせず自然の風を取り入れたり、温水洗浄便座やジェットタオルを設置しないというものになる可能性がある。

大きな価値観の転換期にあることを誰もが悟らざるを得なくなる時代の到来である。


110820_104331_320.jpg

想定内には対応できる

2011年8月22日

お盆休みも終わり、気分をあらたに仕事に取り組もうという方も多いと思います。
3月の頃危惧された夏の大規模停電は私の予想通り回避されそうです。
想定外の事態となった大震災や原発事故には対応できなかったけれど、夏に電気が足りなくなることは十分に予想された想定内のことだったわけですから、これに対応できないわけはないと考えていました。
企業側の節電と電力会社の設備増設努力により想定内の危機ならば克服されることがいま証明されようとしています。
さて「緊張の夏」がとりあえずクリアーされれば、いよいよ本格的な日本再構築の時を向かえます。
今後のエネルギー政策をどうするのか、復興財源をどうするのか、長期的中期的そして短期的な日本再生シナリオを政治は国民に示す時です。
混乱からどう立ち直るのか指針があいまいなことがもっとも困ることです。
内閣が変わり心機一転あらたな日本作りの気運が高まることを期待します。
いずれにせよ電力不足は当面は解決されません。
企業としてできることは「七掛け経済」への対応です。
電力の制約などから今後日本の製造業の供給力はピークの七掛けにならざるを得ません。
一方で需要自体も人口減少や高齢化によりやはりおよそピークの七掛けになってゆく。
問題はそれでも利益を上げつづけるにはどうしたら良いかをいち早く考えることではないでしょうか。
少しだけいいものを作り利幅のとれるビジネスを考えた人だけが生き残れる時代の到来です。
大量生産大量廉売と決別した企業こそ、デフレを脱却できるはず。
企業の体質改善のチャンス到来なのです。

「自分の生命財産は自分で守る」

2011年8月19日

自宅から近い割にはあまり行く機会がない逗子に出かけた。
マリーナ沿いのお洒落なマンションは人気を集めた湘南リゾートだ。
しかし逗子の市内は道は狭く、海岸近くまで山がせまっており防災という視点から考えると難しい点が多いと感じた。
もちろん逗子に限った話ではない。
地震列島で狭く山と海の間がきわめて狭いという地形は日本の特徴なのだ。
津波はもちろん洪水や崖崩れなど災害はどこから襲ってくるか検討もつかない。
防災に絶対安全はありえないということを肝に銘じておかなければならない。国や自治体にまかせきりではなく、自分の生命財産は自分で守るという精神が問われる。

いままた「北の国から」

2011年8月17日

倉本聡脚本の「北の国から」が初めて放送されてちょうど30年にあたる今年、またこのドラマが話題になっている。
BSフジで7月から毎週月曜日夜10時から再放送が始まったし、13日には地上波でスペシャル番組の再放送もあった。
さらに今週末土曜日にはBSで「いま黒板五郎の生き方が新しい」という特別番組も放送される。
先週富良野を訪ねて、「北の国から」のロケ地を回ったが相変わらずたくさんの観光客が来ていた。
「北の国から」はバブル経済に向かう時期から始まり、17年に渡り断続的に放送された。経済至上主義の時代にあって、東京から過疎の北海道に引き上げてきた田中邦衛演じる黒板五郎とそのこども純と蛍が電気も水もない廃屋に住みつくという設定で、近代的便利さへの疑問がこのドラマの根底にあった。
当時は決して注目を集めていたわけではなかった風力発電で電気をおこすというようなストーリーは、いま原発に頼らない経済を目指さざるを得なくなった日本人にとってもっとも今日的関心を呼ぶ内容として注目される。
30年たち、いま五郎の生き方に注目が集まるという巡り会わせが興味深い。
それにしても良質のテレビドラマがなくなったと、再放送を見ながらため息をついた。

DVC00008_320.jpg

1  2