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2011年11月のバックナンバー

手漉き和紙、名尾和紙のテレビ放送予定です

2011年11月30日

全国にも数すくない原料から自ら生産している佐賀市の肥前名尾和紙がテレビで紹介されます。
どうぞご覧ください。

放送日  12月7日 PM5:00~ NHK(全国放送)
番組名  夕どきネットワーク

放送日  12月3日NHK AM7:30 ~NHK (九州内放送)
番組名  おはようサタデー

 

肥 前 名 尾 和 紙
谷口 祐次郎
〒840-0205
佐賀県佐賀市大和町大字名尾4754
TEL 0952-63-0334
URL http://www.naowashi.com

 

「GS世代」次の一手

2011年11月30日

旅行会社クラブツーリズムの岡村邦夫社長にお会いした。
同社は「GS世代」にいち早くビジネスを拡大している。
「これから先、さらにお歳をとられても、集合場所にタクシー送迎をしたりクルマ椅子でも旅行に参加できるようにしたり、多少料金はかかっても旅にでかけられる仕組みを御提案すれば、70歳、80歳になっても旅に出かけたいというお気持ちを持ち続けていただけるのではないか。そのことが生きがい提供につながれば、社会にお役に立つことにもつながる」と話していた。
たしかに外出機会を提供することは気持ちに張りを生むと考える。
まだまだ市場は広がりそうだ。

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日本人が外国人に勝って優勝するために

2011年11月28日

一年締めくくりの九州場所は横綱白鵬が13日目に早々に優勝を決めました。これで国技館を飾る優勝力士顕彰額から日本人はすべて消えてしまうそうです。
曙、武蔵丸の時代には若貴がいましたが、朝青龍、白鵬の時代に入ると日本人で対抗できる人材はいなくなってしまいました。
大相撲は日本の国技、まげを結い礼に始まり礼に終わる。神様への奉納相撲があり、優勝者には天皇賜杯が与えられます。
そこに大挙して外国人力士が参入してきましたが、その条件として日本の伝統文化を厳しく守ることを課しました。どんなに体格がよい力士でも土俵を広げることは認めませんでしたしインタビューは日本語です。外国人選手がお立ち台で自国語でインタビューに応じるプロ野球とはやはり違います。
外国人に門戸を開いたから日本人が弱くなったわけではありません。もし外国人の参入を認めていなかったら今頃大相撲はもっと衰退していたと私は思います。白鵬を見ていると日本人以上の責任感で横綱の地位を守ろうとしていると感じます。
野球やサッカーでも大リーグや欧州リーグに選手がたくさん進出するようになってジャパンチームの力が底上げされたことは間違いないでしょう。
ワールドベースボールクラシックの優勝やかつては夢のまた夢だったワールドカップサッカー大会に日本チームが出場することを疑う人はいなくなりました。
国境を越えた自由競争は競争に敗れる人を生むことも事実です。だから規制などで保護されてきた人たちからは反対意見がでます。しかしやがて本気になった激しい競争の中から真の実力を持つ人が生まれる可能性を信じるしかないと思います。
かつて柔道は日本の国技と言われ東京オリンピックでたった一つ金メダルを逃しただけで「講堂館柔道は死んだ」と言われました。
それから半世紀ちかく、いまや柔道は国際スポーツです。オリンピックの種目から野球がはずされても柔道ははずされないのは何よりの証拠です。その中で日本人が金メダルをとってこそ真のチャンピオンです。
やがて大相撲でも日本人が外国人に挑戦し彼らに勝つときが来ると信じたい。そのための戦略を考えることが指導者の役割です。

TPP問題をかさねあわせてこんなことを考えました。

第2東名高速ウォーキングに12000人

2011年11月23日

「就職厳冬期に勝てる人、勝てない人」

2011年11月22日

来年卒業予定者の就職内定率は大卒で59.9%と10月時点では、過去2番目の低さであるという。リーマンショックの傷がようやく癒えかけた頃に襲った東日本大震災、さらにタイの洪水被害に欧米の金融危機と、次々に暗雲が押し寄せてくる。しかも円高による製造業の空洞化加速で、この就職苦難の時代は今後もしばらく回復のメドは立ちそうにない。学生はこんな時代だからこそ安定を求め、公務員や大企業志向を強めている。そこに群がる志望者の多さで狭き門がなお一層狭くなってしまう。焦る気持ちは分かるが、何百社受けたから一つでも引っかかると言うものでもないはずだ。こういうときこそ、自分はたった一度の人生で何をしたいのかを明確に見定める姿勢が求められる。時流に流されただ焦りから有名な企業はどこでもいいという考えになりがちだが、こうした学生ほど企業側から見抜かれてしまう。そんな学生は欲しくないのだ。
どんな時代にもたくさんの企業の内定をもらう学生はいる。是非家で働いてほしいという学生は必ずしも良い大学の学生とは限らない。はっきりと自分の人生目標を語れ、そのためにこの会社でどういう仕事がしたいと説明できることこそ内定を得る最大のポイントなのだ。

「ネーミング、大切ですね」

2011年11月21日

早稲田大学周辺で見つけた思わずニコリとするネーミング。
いいですね、忘れません。

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Suica 10年

2011年11月21日

「通勤客で稼いできたうちにとって退職者が増えるこれからは危機的な状況です。その打開の切り札がこれなんです」 いまから10年以上前のこと、福島県の白河市にあるJR東日本の研修所で外部講師を引き受けていた私に、所長がこう切り出して見せてくれたものが試作段階の「Suica」でした。
「当面は改札口をスイスイ通れるからSuicaということでPRしていきますが、本当の狙いは駅の中はもちろん、広く街の中でも電子マネーとして、あるいはクレジットカードとして使える総合生活カードにする戦略を立てています。鉄道輸送業ではなく生活支援産業にJR東日本がなる秘密兵器なんです」正直、この意味をその時どこまで私が理解していたかは疑問です。あれから10年。
Suicaは11月18日、導入から10年を迎えました。
3746万枚を発行し、 まさにその後の駅ナカビジネスを支え、さらに街の中でも使用チャンスが増えて生活カードとして定着しました。あの時の話がかなり現実のものになっているのに驚かされます。
Suicaの発展は、並行してJR東日本の小売り戦略の進展を促しました。その象徴的なものが先日オープンした有楽町ルミネです。駅ビルの駅離れ、街にJRの経営する小売業が繰り出したのです。もちろん有楽町ルミネでSuicaが使えることは言うまでもありません。ただあまりのJRの小売りへの傾斜に、周囲の小売業からは民業圧迫、もともと鉄道事業のための国有地を小売商売に転用できるのだから、土地取得に多大の投資資金を必要とする民間商業が勝てるわけがないと、不満の声が聞かれます。閉塞日本の中で、もともと有利な競争条件のJRの独り勝ちに対して、これを問題視する声がこれからさらに高まってくることも予想されます。

「弟子も走る霜月」

2011年11月17日

12月が師走なら今月はまだ修行が足りない弟子も走る月とでも言おうか、やたら忙しい。
とくに今年は春からの行事が秋以降に繰延された、さらに夏の節電で9月までは使えなかったからさまざまな行事が10月11月に集中している。
もともと祭日休みが多く、稼働日が少ないこの秋の季節がイベントなどでパンパンなのだ。

震災の反動は景気指標だけではない。この多忙さを好景気の予兆と勘違いしないことだ。製造業ではタイの洪水の代替生産需要で国内工場はフル操業のところが多い。これもたまたまの現象と冷静に受け止めたい。

忙中閑あり、「秋」を活けて見ました。御笑覧あれ。

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1969

2011年11月14日

由紀さおりさんが世界的にヒットしています。
この時代にあの「夜明けのスキャット」に代表される清らかな歌声が受け入れられているようです。 あの歌が流行ったのが1969年、そこでCDアルバムのタイトルも1969年として、この年にヒットした「いいじゃないの幸せならば」「夕月」「ブルーライトヨコハマ」なども日本語で歌っています。1969年は、いま思えば時代の節目でした。アポロ11号が人類初の月面着陸を成功させ、ジャンボジェットやコンコルドが世に出ました。そしてスーパーコンピューターの登場。20世紀文明が頂点に達したころと言ってもいいでしょう。あの頃中学生だった私は思いました。「すごいなあ、人類は月まで行った。僕が20歳のころは火星だろう。30歳のころは水星や木星、40歳のころは土星、きっと55歳になる2011年ごろは、宇宙に家を建ててマイカーならぬマイ宇宙船を乗りまわしているだろう」と。
あれから人類は月にさえ行かなくなりました。コンコルドを知る子供は少なく、ジャンボ機は退役、大型化は終焉です。一部屋巨大コンピューターが占めるような時代は想像できず、パーソナルコンピューターさえスマートフォンに存在を脅かされています。そう考えると、いま私たちが1969年を振り返るとき感じる懐かしさは世界共通なのかもしれません。アポロが持ち帰った月の石に感嘆した70年大阪万博以降の高度経済成長ニッポンは、アメリカ文明の忠実な継承者と理解できます。71年ニクソンショック、72年列島改造論、日中国交回復、そして73年石油ショックも乗り越えた日本が以後の20年間をアメリカの伴走者として支えました。しかし90年代以降はその構図が崩れ、政治的にはソ連崩壊により勝利者になるはずだったアメリカにとっても勝者の余裕はありませんでした。いまだ漂流する世界にあって、デジタル音ではない調べ、由紀さおりさんのソプラノの響く歌声は、輝かしい「夜明け」にふさわしいものかもしれません。暗い闇のいまこそ、夜明けを求める人がいる。失業者がウォール街を取り巻くアメリカやあのギリシャで起きた由紀さおりブームに偶然では片付けられないものを感じました。

「六義園」

2011年11月 9日

早稲田大学エクステンションセンターの江戸の大名庭園という講座に参加している。大学で講義を受けた次の週に実際の庭園を見学する。
本日のテーマは「六義園」。 柳沢吉保が整備し、その後岩崎弥太郎の所有となった六義園は回遊式築山泉水の大名庭園だ。 幾分紅葉が始まった木々の中で学ぶ講座は気持ちがよかった。 集まった人達はやはり「GS世代」である。
早稲田大学エクステンションセンターの受講者は「GS世代」が中心、私にとっては庭園以上に観察の目は参加者に向く。

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