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2015年5月のバックナンバー

視野を広く

2015年5月28日

有能な経営者は、ろくろをまわして茶碗を創ったり、絵を描いたり、一見関係のないことを趣味にしている人が多いと思います。
接待ゴルフ?これは趣味ではありません。
取引先とも金儲けとも無縁なことに取り組むのです。
それが結果として仕事にもプラスになるのです。
打算ではないからかえっていい。視野を広げることです。

松下幸之助はこう言います。

世の中は広い。その広い世の中を、狭い視野ですすめば行きづまる。人生は長い。その長い人生を、狭い視野で歩めば息が切れる。
視野の狭い人は、わが身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける。だから、おたがいの繁栄のために、おたがいの視野の角度を、グングン広げなければならない。十度の視野は十五度に。十五度の人は二十度に。
もっとも、百八十度までひろげてみても、それでようやく、ものごとの半面がわかっただけだから、ほんとうは、グルリと三百六十度を見わたさなければならない。それが、真の融通無碍、つまり解脱というものではなかろうか。
だが、なかなかにこうはいかない。百八十度も広がればたいしたもので、普通は、せいぜいが十五度か二十度ぐらいの視野で、日々を歩んでいるのではなかろうか。だから争いが起こる。悩みが起こる。そして繁栄がそこなわれる。
視野を広く。どんなに広げても広すぎることはない。おたがいの繁栄と平和と幸福のために、だれもが、広い視野を持つように心がけたいものである。
(「道をひらく」松下幸之助より)


一見関係ないように見えて、その人自身が人生の中でやっていることに実は無駄などないのです。その人の肥やし、その人の財産が育まれています。

人生の師

2015年5月25日

私は子供の頃から本を一冊書きたいという夢をもち、一度も果たせず30代も後半になりました。
書けない言い訳はいつも「時間がない」

しかし、あるとき夢の中でそんな自分を叱るもう一人の自分に出会います。
「ではいつになったら暇になる?老後?でも暇潰しに書いたような本を誰が読んでくれるんだ?」

忙しいからこそ情報も集まる。
そんな人が書いた本だからこそ読んでくれる人もいる。
だから出版社も商品価値を認めるのです。
こんな何げない発想の転換からその後80冊以上の本を書くことになりました。

忙しいという言い訳をしてはいけない。
はたからあの人は忙しそうと思われる人は、実は当人はそうは思っていないかもしれません。

時間は誰にも平等に与えられた資源。
あの時夢の中で私を叱ってくれたもう一人の私を人生の師だと思っています。


 

全国初、第1回「歩き愛です(あるきめです)」宇部で開催、参加者長い行列

2015年5月25日

5月24日行われた「うべ歩き愛です(あるきめです)」は、大成功を収めました。

「GS世代研究会」が地元宇部市と協力して開催した「第1回宇部「歩き愛です(あるきめです)」は5月24日好天に恵まれた宇部市のときわ公園で行われ、1000個用意した歩数計はすべてなくなり、1600人以上の人がイベントを楽しみました。

健康推進と観光誘客、そしてIDである歩数計提示で優待がうけられることにより地元商店の活性化も促すという「歩き愛です(あるきめです)」は今後全国で開催が予定されており、その第一回の大会となりました。

県内のほとんどのマスコミが協賛し、事前周知に協力いただき、また地元スーパー丸久をはじめ有力店がチラシやコマーシャル、店頭ポスターなどでPRしていただいたことで、広く県内全域から大勢の家族連れが詰めかけ、受け付け開始前から長蛇の列ができるほどでした。

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歩き愛です

 

オープニングセレモニーでは西村晃実行委員長、久保田后子宇部市長のあいさつの後、地元幼稚園生の遊戯が行われ大会を盛り上げました。

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受付前から長い行列

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セレモニーは幼稚園生、三世代参加狙う

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ヤマト運輸コーナー

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宅急便ルックに興奮

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いよいよスタート

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湖の景色を楽しみに歩く

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クイズポイント

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正解のボーナス歩数も足して賞品ゲット

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疲れたら移動車両でラフィネマッサージも

 

「歩き愛です(あるきめです)」はタイムではなく歩いた距離を、参加費1000円と引き換えに渡した歩数計で計測、あわせてときわ公園内に設置した9か所のクイズポイントのクイズに答えて得たボーナス歩数ポイントを足した合計歩数に応じた賞品をもらえるものです。

「GS世代研究会」各企業から多数の協賛賞品が寄せられ、参加者は豪華な賞品に大喜びしていました。

参加者からは「楽しかった」「家族で地元のクイズを考え、いい語らいの場ができた」「こんなにお得なイベントはすばらしい」など賞賛の声を多数いただきました。

「GS世代研究会」では今後全国でこの「歩き愛です(あるきめです)」を開催してゆき、健康推進、観光誘客、商店街活性化に寄与してゆく方針です。

国民運動をするために皆様のご支援をお願いいたします。

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お陰様で大成功

自然とともに

2015年5月22日

私の経営者セミナーには全国から多くの中小企業経営者が来ます。
そのほとんどはオーナー、そして子供に跡を継がせることをまず考えています。
そこまではいいのですが、社長を譲った後もいつまでも口を出し続けて疎まれている人もまた多いのです。

私が尊敬する松下幸之助はこう述べています。

春になれば花が咲き、秋になれば葉は枯れる。草も木も野菜も果物も、芽を出すときには芽を出し、実のなるときには実を結ぶ。枯れるべきときには枯れてゆく。自然に従った素直な態度である。
そこには何の私心もなく、何の野心もない。無心である。虚心である。だから自然は美しく、秩序正しい。
困ったことに、人間はこうはいかない。素直になれないし、虚心になれない。ともすれば野心が起こり、私心に走る。だから人びとは落着きを失い、自然の理を見失う。そして出処を誤り、進退を誤る。秩序も乱れる。
時節はずれに花が咲けば、これを狂い咲きという。出処を誤ったからである。それでも花ならばまだ珍しくてよいけれど、人間では処置がない。花ならば狂い咲きですまされもするが、進退を誤った人間は、笑っただけではすまされそうもない。自分も傷つき、人にも迷惑をかけるからである。
人間にとって、出処進退その時を誤らぬことほどむつかしいものはない。それだけに、ときには花をながめ、野草を手に取って、静かに自然の理を案じ、己の身の処し方を考えてみたいものである。(「道をひらく」松下幸之助より)

わかっているけれどもそれができない悲しい人間の性(さが)、
いかに自然ととともにということが、難しいか。
日々考えさせられます。

全国初!!「歩き愛です(あるきめです)」 5月24日(日)宇部市で開催

2015年5月19日

「GS世代研究会」が全力を挙げて取り組む「歩き愛です(あるきめです)」の全国第1回大会「うべ歩き愛です(あるきめです)」が、いよいよ5月24日(日)に開かれます。
これは歩数計をIDとして持ってもらい、会場のときわ公園内を歩いて頂きますが、公園内に設けられた地元にまつわるクイズポイントで正解の場合、ボーナス歩数ポイントが付与されます。
実際に歩いた歩数とボーナス歩数を合算した歩数に応じて賞品がもらえます。
このイベントをきっかけにみなさんに歩くきっかけを作っていただこうというものです。

是非お近くの方に、参加を呼び掛けてください。
事前申し込みは不要で、直接会場にお越しください。

 

案内チラシ 150524 archimedes.pdf

苦手ではなく、得意に集中せよ

2015年5月18日

大学受験のころ、私を悩ましたのは数学でした。
勉強時間の7割を費やし、結局ものになりませんでした。
その点得意科目の社会科や国語はほとんど勉強しませんでしたが、得点のほとんどをたたき出していました。
平均点を上げることは理想かもしれません。
そういう人を秀才と言うのです。

私のような凡人は、すべての能力で人を上回ることはできません。
しかしある特定の分野だけでは、他人よりぬきんでられるかもしれません。
限られた時間です。そこだけ磨きをかけて、これに関してはだれにも負けないという風になるべきではないでしょうか。

巨人軍に鈴木選手という「足のスペシャリスト」がいます。
ゲーム終盤に一点がほしいとき監督は彼を代走に起用します。

もうそれだけで相手の守備は対策に追われ自滅するのです。
どんなにバッターが抑え込まれていても、彼が送りバントと盗塁で三塁までくれば
投手はフォークボールがワンバウンドになって捕手が後逸したら失点を覚悟せねばならなくなり投球の幅が狭まります。

エースでも4番バッターでもない、控えの代走選手がベテランの年齢まで賞賛を浴び続ける。

あなたがエースなら何も言いますまい。
4番を打てるなら大いに頑張ってください。

でも、もし100点は取れない能力なら、足のスペシャリストを目ざそうではありませんか?

私は数学が苦手で東大に入れませんでした。
しかし中学以来、100点以外は取ったことがない社会科がモノを言い、マスコミの試験はすべて受かりました。
また国語はその後80冊の本を書くのに役に立ったはずです。

数学は私の人生に今のところ何も貢献していません(笑)。

真剣勝負

2015年5月18日

たとえ今死んでも、後悔しない。
今私はそう自分に言い聞かせて毎日戦っています。
戦う?誰と?
それは自分自身です。
退路を断つという意味で真剣勝負です。


松下幸之助は次のように書いています。

剣道で、面に小手、胴を着けて竹刀で試合をしている間は、いくら真剣にやっているようでも、まだまだ心にスキがある。打たれても死なないし、血も出ないからである。しかしこれが木刀で試合するとなれば、いささか緊張せざるを得ない。打たれれば気絶もするし、ケガもする。死ぬこともある。まして真剣勝負ともなれば、一閃が直ちに生命にかかわる。勝つこともあれば、また負けることもあるなどと呑気なことをいっていられない。勝つか負けるかどちらか一つ。負ければ生命がとぶ。真剣になるとはこんな姿をいうのである。
人生は真剣勝負である。だからどんな小さな事にでも、生命をかけて真剣にやらなければならない。もちろん窮屈になる必要はすこしもない。しかし、長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。これは失敗したときの慰めのことばで、はじめからこんな気がまえでいいわけがない。真剣になるかならないか、その度合いによってその人の人生はきまる。
大切な一生である。尊い人生である。今からでも決しておそくはない。おたがいに心を新たにして、真剣勝負のつもりで、日々のぞみたいものである。(「道をひらく」松下幸之助著)

人生は実に短い。今日という日は二度と来ないのです。

手さぐりの人生

2015年5月12日

猿も木から落ちます。上手の手から水が漏る。紺屋の白袴、医者の不養生・・・。
得意だと自他ともに認める人ほど失敗するものなのです。

松下幸之助はこう書いています。
「めくらさんは目が見えないのに、なかなかケガをしない。むしろ目の見える人のほうが、石につまずいたり、ものに突き当たったりしてよくケガをする。なまじっか目が見えるがために、油断をするのである。乱暴になるのである。
目の見えないめくらさんは手さぐりで歩む。一歩一歩が慎重である。謙虚である。そして一足歩むために全神経を集中する。これほど真剣な歩み方は、目の見える人にはちょっとあるまい。人生で思わぬケガをしたくなければ、そして世の中でつまずきたくなければ、このめくらさんの歩み方を見習うがいい。「一寸先は闇の世の中」といいながら、おたがいにずいぶん乱暴な歩み方をしているのではなかろうか。
いくつになってもわからないのが人生というものである。世の中というものである。それなら手さぐりで歩むほか道はあるまい。わからない人生を、わかったようなつもりで歩むことほど危険なことはない。わからない世の中を、みんなに教えられ、みんなに手を引かれつつ、一歩一歩踏みしめて行くことである。謙虚に、そして真剣に。おたがいに人生を手さぐりのつもりで歩んでゆきたいものである。(「道をひらく」松下幸之助著)

謙虚に、真剣に・・・。
お互い気を付けましょう。

ネット時代だからハガキが生きる

2015年5月11日

5月の連休前後、私の事務所では正月に届いた年賀状の名簿つくりをやっています。
お盆の時期までに完成させ、9月10月に二回チェックし、この一年にいただいた名刺の分の名簿も増やして11月に年賀状名簿が完成、文面はお盆休みにつくっておき、12月に印刷、仕事納めの日に投函。
これを毎年の最重要通年行事にしています。
年々年賀状を出す人が減っています。私が出しても返事が来るのは3割です。
それでも年賀状は儲かるのです。
儲かる?
そうです、ご無沙汰していた人との交際が復活、ビジネスパートナーになるきっかけが生まれるから結果として儲かるのです。
儲かるから事務所を挙げて、この作業を毎年繰り返しているわけです。

ネットの時代だからこそ、ハガキが来ると目立ちます。
誰かと会う。その日のうちにハガキで礼状を出す。
中元や歳暮を受け取る、すぐにハガキで礼を言う。

私は5分で1枚、3枚書くのにせいぜい15分。
1年で1000枚余りを年賀状以外にも出していることになります。
それが私の財産。
早い話、「GS世代研究会」などもそうやって作りました。

素直に生きる

2015年5月11日

松下幸之助は「素直に生きる」として次のように書いています。

「逆境――それはその人に与えられた尊い試練であり、この境涯にたえられてきた人はまことに強靭である。古来、偉大なる人は、逆境にもまれながらも、不屈の精神で生き抜いた経験を数多く持っている。まことに逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。要は逆境であれ、順境であれ、その与えられた境涯に素直に生きることである。謙虚の心を忘れぬことである。
素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚れを生む。逆境、順境そのいずれをも問わぬ。それはそのときのその人に与えられた一つの運命である。ただその境涯に素直に生きるがよい。素直さは人を強く正しく聡明にする。逆境に素直に生き抜いてきた人、順境に素直に伸びてきた人、その道程は異なっても、同じ強さと正しさと聡明さを持つ。
おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく、素直にその境涯に生きてゆきたいものである」(「道をひらく」松下幸之助著)

世の中には生まれながらにして将来を約束されている人がいます。
親が残してくれた財産や地位、人脈で順風の人生を約束されている人をうらやましく思います。
それらがない人から見るとまことにうらやましい。
恵まれた人はその好環境を活かす責任があります。
また恵まれていない人は、そのことを嘆くのではなく、自分にはなにもないという現実を直視し、どう乗り越えるか知恵を絞る「特権」が与えられていると喜ぶべきです。

何もないからこそ「どうしたら得られるかと考えられるのは特権」なのです。
何でも持っている人は、どうしたら持てるかと考える特権がないのです。
特権をお持ちのみなさん、知恵を絞れるって素晴らしいではありませんか?

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