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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第1回 4月 花見は新宿で

通勤や仕事で新宿を利用する人でも、自然鑑賞の地として頭に描く機会は少ない。
しかし新宿御苑ではこの季節サクラ、ツツジ、バラと主役が変わりながらも豊かな色彩のシャワーが浴びられる。

丸の内線「新宿御苑」近くの「大木戸門」を入ると、左手に御苑のルーツ内藤家の庭園「玉藻池」が広がる。
信州高遠藩主、内藤氏の中屋敷だった、現在も地名は「内藤町」。
甲州街道の正規の宿駅「高井戸」まで遠く、1698年(元禄11年)に新しい宿「新宿」ができた。
明治に皇室の庭園となり、英仏様式と和風庭園をマッチさせた近代西洋庭園として現在の新宿御苑となる。
玉藻池を過ぎ左にバラ園、前方千駄ヶ谷方向に進むと咲き始めたツツジ、さらに奥、八重桜がまだ楽しめる桜園地だ。
時計回りにゆったり小一時間、後背にそびえるビル群と織りなす新緑の散歩は至福の時間。

「新宿門」を出ると、甲州街道のトンネル出口に出会う。
ここはかつて青梅街道との分かれ道、「追分」の名は団子で残る。
「京王」と書かれたビルが道際に建つ、かつて路面電車「京王線」の駅はここ。
新宿の西口は都民の水がめ淀橋浄水場があり繁華街ではなかった。
京王線の始発駅はここ新宿三丁目、その前に伊勢丹と街の中心だった。
現在の京王線新宿駅は昭和38年から、その後京王プラザが完成、「西口の時代」が始まる。
いま新宿三丁目に再び注目が集まる。
東京メトロ副都心線に東急東横線が乗り入れ、元町・中華街と埼玉県の川越や飯能が一本でつながった。
その中心駅が「新宿三丁目」、ここから副都心線に一駅だけ乗り「東新宿」で降りる。



かつて新宿三丁目のここが京王線の駅だった

かつてバス便だけの明治通り沿いの場所に、いまや「大江戸線」も交差、開発の中心となった。
職安通りを西へ、パスポートを持ってきたかと心配になるほど周囲はハングル語の洪水、「コリアンタウン」が右前方に広がる。
ドンキ・ホーテを右折、原宿竹下通りがソウルに引っ越したかのような風景となる。
ドンキ自体が韓国商品を集めているし、左右に屋台、「明洞海苔巻」などを売る店、コスメの店などがひしめく。
歩く人の9割が女性、しかも年齢は三世代にまたがる。
同じコリアンタウンでも大阪の鶴橋とはだいぶ異なる客層だ。

数年前まで男性天国のイメージが強かった風俗の街が様変わり、ところどころ残るラブホテルが場違いと感じる。
この街の変貌を定点観測しているが、毎月のように韓流の店がオープン、まだ成長過程だ。
日韓を遮る海峡の波は高いがここに来る女性たちには無縁のように見える。
路地を抜けて職安通りと並行する大久保通りを左折、新大久保駅まで韓国百貨店、市場、韓国料理の店がこれでもかと続く。
目に映る看板、聞こえてくる言葉でハングル酔いとなる。
いま最も変化するこの街を知らずして「新宿通」とは言えまい。


ズラリハングル看板の店

新宿御苑の桜 4月上旬見ごろ(昨年撮影)


近代的ビルと庭園のコンビネーションが美しい新宿御苑


新宿の守り神、花園神社も新宿三丁目駅付近にある


コリアンタウン


コリアンタウンの店は女性客でいっぱい