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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第7回 10月 世界遺産 富岡製糸場

ユネスコの世界遺産という「魔法」はすごい。
認定されると、それまでと同じものなのに見たい、行ってみたいと思う人がこんなにも急に増えるのか。
似たようなものにミシュランがある。
星が付いたとなれば、たちまち繁盛店。
究極のブランディングだ。
自然遺産が観光の目的になるというのはわからないわけではない。
世界が認める美しい自然だから、一生に一度は見ておきたいという気分にそそられるのだろう。
どこに行こうか、と悩んだとき世界遺産くらい見ておかなければと思うわけだ。


明治の建造物に見入る人たち


しかし、この度世界遺産に認定された産業遺産「富岡製糸場」に押し寄せている人を見てあらためてびっくりした。
「学び」のために来るのだ。
所詮工場の跡地だ。
景色がいいというところではない。
避暑避寒の地でもない。
温泉やエンターテイメント施設がちかくにあるわけでもない。
それなのに、である。
昔の工場を見に、学ぶためにやってくる。
これはすごいことだと思う。


近隣で焼かれたレンガで建造された

人人人・・・


明治維新の後、政府は日本の近代国家への礎として工場化された産業施設の創設を計画した。
近代化された諸外国への仲間入りを目指して行われた「殖産興業」政策の一環だ。
特に、貿易による外貨獲得の道として「生糸の輸出振興」が打ち出されると、フランス人ポール・ブリュナを指導者として雇い入れ、政府は尾高(おだか)惇(じゅん)忠(ちゅう)を中心として、ヨーロッパの先駆的な技術を持つ近代的な製糸工場の創設をめざした。
明治5年(1872)、全国初となる官営模範製糸場が創設された。
それが富岡製糸場である。
その後、富岡製糸場は民間に払い下げられ、片倉工業へと経営が移り昭和62年(1987)まで操業を続けた。
創業当時の特色ある建造物群は、常に日本の近代化のシンボルとして140年以上もの間、活用・保存されてきた。


当時の機械も展示


そして今年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、世界遺産一覧表へ記載されたわけだ。
ざっとあらすじはこのようなものだ。
場内では映像でも紹介されている。
所要時間は2時間かければ十分であとは関連施設を回ることになるがこれは観光バスやマイカーでなければ点在していて時間がかかる。
もちろん日本産業史をこの機会に学ぶことは素晴らしいと思う。
願うべくは一過性のブームで終わらないようにということだ。
「GS世代」は「学ぶ」が商品である。


周辺ではあやかりも

しかしまだまだ本当の観光地にはなりきれていない?




門のそばに碑が建つ


工場や倉庫が公開されている


工場内

第6回 9月 地中海クルーズへ

クルーズと言えば、地中海。
あこがれも含めてそんな印象を昔から持っていた。
ついに実現、もう思い残すことは・・・・・まだあるか。
イタリアのヴェネチィアから乗った船はコスタファシノーサ。
11万4500トン、定員3800人、乗組員は1100人を超えるという。
全長290メートル のこの巨艦は2012年にできたばかり。


コスタファシノーサ

これだけの人が乗下船するのは一日仕事、朝帰港した船の乗船手続きは正午頃から始まる。
夕方までチェックインと荷物の詰め込み作業が続く。

私たちは13時くらいに船内に入りまずランチ。
ビュッフェは9階にある。
驚いたのは「GS世代」ばかりかと思っていたら 若い夫婦や 小さな子供が多いことだった。
避難訓練で全員が救命胴衣着用でデッキに集まりいよいよ出港。
ヴェネチィアの街並みを眺めながら進む船は感動的。


ベニス出港

ベニスの街並み

そのあと最上デッキからワンフロアづつ降りながら、船内散策
ジムや図書館、劇場などを確認、部屋に戻るともう夕食時間だ。
今日はインフォーマルというのでジャケットとシャツでレストランへ。
イタリアンコースでサラダ、米といんげんのスープ、パスタ、メインは七面鳥、デザートはアイスクリームとフルーツを注文した。

2日目2時起床、時差ボケか。
まず「TODAY」と呼ぶ日本語船内新聞できょうの予定を確認、さまざまなイベントのどれに参加するかを決める。
今日は13時イタリアのバーリ着だから、午前の過ごし方を決める。
朝食は7時、そのあとはプールサイドで読書をしながらここで行われるアクティビィを観察し、11時45分からスパの見学ツアーに参加し、急いでランチをして下船・・・・。
日の出とともに晴れてはきたが気温は低い。

水着に着替えて午前中はプールサイドで過ごそうと考えていたのだが、ちょっと残念。
室内プールから屋外のジャグジーに出たら太陽が顔をのぞかせたので入ってみる。
イタリア半島と並行に進む景色を眺めながらの入浴は気持ちがいい。

13時下船、バーリ港。
アドリア海に面したイタリア南部の港だ。
バスで70分ほど、世界遺産アルベロベッロへ。
ここには「トゥルリ」と呼ばれる伝統的な家屋が約1500軒ある。
白壁に円錐形の石積み屋根を載せたこの家屋は、16世紀から17世紀にかけて開拓のために集められた農民によって造られた。
かつてこの地方に広く見られたトゥルリが多数現存し、世界遺産として登録されている。


アルベロベッロ

3日目、7時過ぎに島影から太陽が昇り始める。
今日は晴天、地中海の美しい海原に島々が点在している。
すでにコルフ島入港寸前で船は待機中だ。


コルフ島の朝焼け

イオニア海に浮かぶ人口12万の島、要衝として歴史上しばしば争奪の舞台となった。
まずアヒリオン宮殿。
1891年にオーストリア帝国ハプスブルク家の皇妃エリザベートによって建てられたフィレンツエ風ルネッサンス様式の宮殿だ。
エリザベートが好きだったギリシアの英雄アキレウスからこの名前が付いた。
エリザベートは窮屈な生活から逃れるために療養を名目にたびたびここを訪れていた。

リストン通りから始まる旧市街を歩いて観光、ここが世界遺産に指定されている。
旧要塞の前でバスに乗り港へ。
コスタファシノーサに乗ってきた観光客で広場周辺はいっぱい。
クルーズの観光潜在力を感じさせるが、昼ごはんは船の中、これではやはりお金が落ちない。
安い土産物以外に何を売るのか知恵が求められる。
午後はしばしの休憩時間。

コスタファシノーサには1100人の食事スタッフが在籍し、一日2万食を作っている。
シフトで24時間勤務、乗船中休みはない。
シェフ、2等調理士、3等調理士の三階級、一日中パンを焼く人、デザートを作る人、野菜を切る人、肉を焼く人など職場が決まっている。
インド人、フィリピン人、など多国籍。
インベントリーオフィサーが食材調達を指示する。
ガスがない、電熱器のみ、ボイラーの余熱を利用する。
厨房は広く工場のよう、ステンレスで覆われ清潔感がある。
給仕配膳用に高速エスカレーターがある。
キッチンツアーはおもしろかった。

4日目、ミコノス島沖合に停泊。
テンダーボートで上陸。
白い街並みが青空に映えて美しい。
ミコノス島はエーゲ海中部・キクラデス諸島に属するギリシャ領の島。
人口約6200人。
エーゲ海の代表的な観光地の一つ。
夕食は島でエビやイカ、タコなどを食べ夕陽を見てから船に戻る。


ミコノス

5日目、今日は最も人気のある観光地、サントリーニ島。
エーゲ海のキクラデス諸島南部に位置するギリシャ領の火山島。
かつて大爆発を起こした火山が形成したカルデラ地形で、本島を含めた5つの島々の総称。
もともとは円形の島が火山爆発で変形した。
カルデラ湾を望む断崖の上に白壁の家々が密集する景観で知られる。
サントリーニ・カルデラ内では現在も活発な火山活動が続く。


サントリーニ島

まず島の北の先端部のイアに向かう。
世界人気ランキング一位と言われる景勝地だ。
白い壁と青い屋根の教会や民家がびっしりと軒を連ねている。
バスを降りてから細い道を歩くとさまざまな土産物店がずらりと並ぶ。
白い壁と青い屋根そして何より天気に恵まれて青い空とエーゲ海の海が街並みの美しさを引き立てている。
小道の先端部分に要塞がありそこが最高の絶景ポイントになっている。
土産物の豆菓子、絵葉書、などを買ってバスに戻る。
およそ30分で中部のフィラへ。
ここはロープウェイで港と直結する島の中心地。
ロープウェイの道までを絶景ポイントで海と停泊しているコスタファシノーザ号など大型船を入れた写真を撮りながら土産物店を歩く。


サントリーニ島 イア

6日目は終日航海、船上で日光浴などで過ごす。

7日目、クロアチアのドゥブロヴニクに8時接岸。
ドゥブロヴニクは、1991年位独立した。
アドリア海沿岸のダルマチア最南部に位置する都市、1979年に世界遺産に登録された旧市街は「アドリア海の真珠」とも謳われる美しい町並みを誇る。
オレンジ色で統一された屋根が並ぶ旧市街は、高く重厚な城壁に囲まれており、どこから見ても絵になる光景だが、過去には幾度も大きな被害を受けてきた。
最も甚大な被害を被ったのは1667年の大地震のときで、町の中心プラツァ通り沿いにある建物で残ったのはスポンザ宮殿のみ。
それ以外はすべて瓦礫と化した。
1991年のユーゴスラヴィア連邦軍による攻撃でも「危機にさらされている世界遺産リスト」に載るほど町は破壊されたが、その後、精力的な修復がなされた。
2010年にはスルジ山のロープウェイも復旧して、現在は紛争の傷跡は町ではほぼ見られない。


昼過ぎに船に戻り昼食後はプールサイドで読書。
夏の終わり、旅の終わりを楽しむ姿で甲板の寝椅子は満杯状態。
夕食までにトランクに荷物を詰める作業を始める。
午前一時までにトランク回収に出さなければならない。
ディナーはイタリアデー。
国旗にちなみ白、赤、緑の色を服やアクササリーに入れてみな集まる。
ウエイターウエイトレスは3色の蝶ネクタイで登場。

メインディッシュのころからレストラン内では音楽に合わせてお客が輪を作って行進したり、ウエイターたちがパフォーマンスの踊りをしたりで大騒ぎ。
イタリア船陽気な最後の晩餐の盛り上げ方だ。
さらに夜のショーでは、一週間同じ船の上で過ごしたクルーたちが歌やダンスなどを披露して乗船客との一体感を作り上げた。
楽しかった旅を印象付け、次につなげようとするうまい演出だと思った。

ショーの後、さらに4D映画を見に行く。
座席が揺れ、風や水しぶきが飛んでくる体感型映画は楽しかった。
一週間ヴェネチィアから出てヴェネチィアに戻ってくるという、目的があってないような究極の「暇つぶし」であるクルーズ。
船そのものがテーマパークと呼べるエンターテイメント空間なのだ。

とくに日本ではお年寄りの旅行というイメージがまだまだ強いが、今回のヨーロッパクルーズを体験してみて、若い層も含めたレジャー創出の可能性を感じることができた。