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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第9回 12月 「紀州路、江戸期の豪商をたどる旅」

大阪の天王寺から紀勢線に乗り、車窓から海やミカン山を楽しむうちに1時間ほどで「湯浅」に着く。
2006年に「重要伝統的建造物群保存地域」に指定されて以来、熊野古道も通るという地の利もあって、まち歩きに訪れる人が増えている。
湯浅は醤油の街だ。
鎌倉時代に伝来した金山寺味噌の製造過程から醤油の醸造が始まり、紀州藩の手厚い保護を受けて19世紀には92軒もの醤油屋があったという。
その製法は千葉県の銚子や小豆島へも伝えられた。
保存地区は東西400メートル、南北280メートルの区域で、まるで映画のセットのような街並みだ。


昔ながらの家並が残る

ここでは今も木樽で醤油を作り続けている。
そのうちの一軒「角長(かどちょう)」は1841年(天保12年)の創業。
6代目の加納誠さんは薄暗い蔵の中で、
「吉野杉の木桶を今も使っています。蔵の天井や梁や桶など一面に醤油製造に欠かせない酵母が白く付着している。
この酵母こそが美味しさの秘密です」と語る。


昔ながらの製法が守られている

角長の蔵の中

ところで、湯浅は江戸時代の豪商、紀伊國屋 文左衛門の出身地。
若き文左衛門は、ある年紀州で大豊作のみかんが暴落し、嵐で船が来ない江戸で高騰しているのを見て、早速大金を借りてみかんを買い集めた。
そして命懸けで嵐の太平洋に船出、大波と風雨に耐えて何度も死ぬ思いをしながらついに江戸へたどり着き、みかんを売りさばいて富豪への礎を築いたという。
そのみかんの産地としていまも全国に名高いのが湯浅に隣接する有田市だ。
ただし、駅名に「有田」はなく、中心駅は「箕島」である。
あの甲子園の名門校はここにある。
自らもその野球部出身の望月良男市長は「当市ではハウスみかんから普通みかん、いよかん、清見などほとんど一年中有田みかんファミリーが店頭を賑わしています。みかん狩りにおいでください」
とPRに余念がない。


有田市みかん山

実は市長が「もう一つの自慢」と言うのが漁獲量日本一を誇る太刀魚である。
紀伊水道の沖合で捕獲されるが、大きなものでは体長が1メートルというものもある。
その太刀魚を使ったB級グルメをいま地元では大々的に売り出そうとしている。
それが「たっちょほねく丼」だ。
「たっちょ」とは太刀魚に親しみを込めた地元の呼び名。
「ほねく」とは骨くり天ぷらのことで、骨ごと砕いて石臼で練り合わせることを意味する。
「ほねく」を刻んで玉ねぎなどと混ぜ、かき揚げ風にし、とろみをきかせた卵の上にのせ餡をかけたもので、市内15か所ほどの飲食店でメニュー化している。
500円前後からある手頃な郷土食だ。

湯浅、有田と周っても大阪から十分日帰り圏、東京から関西出張のついでに立ち寄っても和歌山からバスで関空も近く、飛行機を利用すれば文左衛門のような苦しい行程ではないはずだ。


たっちょほねく丼



ここから関東へも船積みされた


6代引き継がれている老舗


太刀魚水揚げ

第8回 11月 「12月8日を前に九段、靖国、防衛省を巡る旅」

12月8日が近い。
真珠湾という「誤った選択」を我々は後世に語り継がなければならない。
今回の街歩きのテーマはズバリ「戦争」だ。
地下鉄「九段下」駅を地上に上がる。
皇居お堀端を吹き抜ける北風は冷たい。
江戸時代急坂に長屋が九段建てられたことから「九段」の地名となる。
2011年の東日本大震災で天井崩落し閉鎖された九段会館。
旧軍人会館で2.26事件の戒厳令司令部が置かれた歴史建造物も今は人影がない。
同じ敷地にある「昭和館」は戦中戦後の国民生活がわかる資料が展示され、厳しい耐乏生活の様子は飽食の時代の子供に見せておきたい。


いまは人影もない九段会館

日本武道館を左に見ながら坂を上ると「常燈灯台」がある。
明治4年(1871年)に設置され、靖国神社の献灯を兼ねた洋式灯台で、品川沖の船舶、軍艦などの航行の目印となっていた。
ここが海からも見える高台であったことが推察される。
この一帯は九段坂公園、銅像が二つ並ぶ。
長州出身の政治家品川弥二郎と、馬にまたがる大山巌元帥だ。
大山は薩摩出身、西郷隆盛の従兄で山縣有朋と共に陸軍創設に貢献、日清戦争では第二軍司令官、日露戦争では満州総司令官として活躍した。

通りを渡ると靖国神社である。
もともとは明治2年戊辰戦争で亡くなった政府軍兵士を慰霊するため明治政府によって設けられた招魂社、現在はペリー来航から第二次世界大戦までの戦没者ら246万人が祀られている。
境内にある高くそびえる銅像は大村益次郎。
戊辰戦争司令官として活躍したこの像は激戦の地上野を見据えている。
境内にある「遊就館」は日本人なら必見の場所だ。
日本近代の戦争の解説や遺品などが展示されている。
12月8日や終戦記念日の前後に見学すれば、戦争を深く考える何よりの教材となる。


靖国神社

靖国通りを歩いて市ヶ谷へ。
事前に申し込んでおくと、防衛省市ヶ谷駐屯地の中を見学できるツアーがある。
これは、土、日、祝日を除く午前9時半からと午後1時半からで電話で申し込めば無料で参加できる。
中でも見どころは極東裁判が行われた市ヶ谷記念館だ。
新庁舎建設に伴い取り壊される予定だったが、保護運動がおこり場所を変えて復元された。
この建物の2階バルコニーは三島由紀夫事件の現場として知られる。

12月8日の前後に九段から市ヶ谷へ。
歴史の現場に身を置き平和日本のありがたさを考える充実した「時空の旅」である。


極東裁判が行われた大講堂も復元された



高台に建つ 常燈灯台


上野の山を見据える「大村益次郎」像


歴史の舞台 市ヶ谷記念館