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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第15回 6月 「納涼!海の見える鉄旅 鶴見線」

雨の時期、また暑い盛りも「歩く旅」はつらい。
今回は鉄道に乗り、絶景の海も見られるという「旅」を紹介。
JR鶴見線だ。
この沿線に勤務先でもない限りまず乗る機会はないだろう。

鶴見駅で京浜東北線から鶴見線に乗り換える。
路線図を見ると支線が入り組んでいる。
電車によって目的地が微妙に違う。
一番遠くまで行くのは扇町行きだが、途中浅野で分かれる海芝浦行き、武蔵白石で分かれる大川行きもある。
鶴見川を越えると周りは工場群。

最初の駅は「国道」だ。
昭和5年、国有化される前の鶴見臨港鉄道の駅として旧国道1号と交差する地点に設置された。
高架の下にある無人駅、不思議な雰囲気を醸し出している。


「国道」駅は、高架下の薄暗い無人駅で独特の雰囲気

鶴見線は日本の近代工業史を紡ぐように80年間走り続けてきた。
駅名の浅野はセメント王浅野総一郎に由来。
安善(あんぜん)は「安全」ではなく金融財閥をつくった安田善次郎にちなむ。
またこの沿線にたくさんの事業所をもつJFEの前身日本鋼管の創業者白石元治郎の名前は武蔵白石の駅名に残る。
大川も日本鋼管の経営者大川平三郎である。
人に由来する駅名がこれほど集中しているのも珍しい。

私を乗せた電車は浅野で分岐、ホームに面した終点海芝浦駅に着く。
折り返しまでのしばらくの間佇む。
実はこの駅は「降りられない駅」だ。
というのも駅の敷地自体が東芝のもの、駅の出口がそのまま事業所入口なので通勤や用事のある人以外は下車できない。
ホームは京浜運河に面しており磯の香りが漂う。
眼前に拡がる鶴見つばさ橋は絶景だ。


降りられない「海芝浦」駅は、海を臨む、鶴見つばさ橋が眼前に拡がる

およそ待つこと10分、電車は引き返す。
今度は浅野で扇町行きに乗り換える。
浅野駅の乗り換えは知らないと戸惑う。
駅の中にある二つの踏切を渡って、下りのホームにたどり着く。
自分が下りた電車と、乗り継ぐ電車の警報器を気にしながら移動、短い接続時間で扇町行きに飛び乗る。
米軍のタンクや富士電機、東芝、JFEと左右に流れる景色を追いながら浜川崎へ。
ここで南武支線と接続、通勤時は混雑する。
同じJR同士なのに一度改札を出て道路を渡って乗り換える。

南渡田運河を渡りながら見る昭和電工のプラントは日本経済を支えてきた屋台骨というたくましさを感じさせる。
近年熟年世代に工場見学ツアーが人気なのも、元気な日本経済の時代を懐かしむ「プロジェクトX的ノスタルジー」が背景にありそうだ。
昭和電工に由来する「昭和」の次が終点「扇町」。

東亜石油のプラントの美しさが名物だが、いまは操業を停止している。
重厚長大産業を中心に発展してきた日本経済。
その歴史を支えてきた鶴見線だが、産業構造の変化のなかで沿線風景も次第に塗り変えられてゆく。


終点「扇町」駅で折り返しを待つ鶴見線の電車