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第23回 2月 雑司が谷あたり

大繁華街池袋から至近距離、山手線の中にこんなに閑静な寺町があることを東京都民でも知らない人が多いのではないか。
今日は「雑司が谷」周辺の散策である。

まず池袋のシンボル「サンシャインシティ」のすぐ横、東池袋公園。
「永久平和を祈って」と刻まれた碑はあまり知られていない。
ここは巣鴨プリズンの跡だ。
石川島の監獄が明治28年ここに移転、5万5千坪もあったが府中刑務所ができてここは東京拘置所となる。
戦後、東條英機ら戦犯が処刑された。昭和46年拘置所は小菅に移る。


巣鴨プリズン跡の碑

グリーン大通りを渡ると本立寺だ。
このあたり日蓮宗の寺が都市整備によりいくつも移転してきて「寺町」を作った。
本堂左に「神木隊戊辰戦士之碑」。
姫路城主榊原家の奥方の菩提寺だが、江戸藩邸詰めの藩士が彰義隊とともに参戦した。


本立寺

さらに進むと大きな寺、法明寺がある。
本立寺もこの寺の末寺だし、この後行く鬼子母神もこの寺の関連仏堂だ。
雑司が谷一帯は幕府と法明寺の領地で、家光は鷹狩の休息に茶室をここに造った。
境内にはこの地域の豪族豊島一族の墓もある。
豊島氏は太田道灌と戦って敗れた。

その墓地の塀の先、うっそうとした林の中へ赤い鳥居がずらりと並ぶのが威光稲荷神社。
1200年前慈覚大師が雑司ヶ谷の森に一条の光を見て近づくとその光明の強さに打たれた。
ここを霊地として祠をつくったのが起源。
近代的な池袋から歩いて10分、オカルト的香りがする場所だ。


昼なお暗い参道

威光稲荷

そこから鬼子母神はもう近い。
鬼子母神は広く子授け、安産、子育ての鬼神として知られる。
鬼子母神は当初、他人の子を取って食べる邪悪なものであったが、仏によって教化され仏の守護神になった。
普通「鬼子母神」と書くが、雑司が谷鬼子母神は「角(つの)」がないと伝えられ、正式には鬼の字にツノがない。
鬼子母神は江戸初期から多くの参詣人を集めた。
門前には茶屋や料亭が建ち並び繁昌した。

鬼子母神は、法華経の守護神として日蓮宗・法華宗の寺院で祀られることが多く、7月朝顔市がある台東区入谷の鬼子母神、千葉県市川市の遠寿院の鬼子母神とともに江戸三大鬼子母神といわれる。
「雑司が谷」の地名の由来は、鬼子母神像を最初に土の中から掘り出した山村丹右衛門という人が「雑司の役にあった柳下若挟守の家臣」だったことによる。
参道を抜けたところに都電の鬼子母神前駅、そして東京メトロ副都心線の雑司ヶ谷駅がある。


鬼子母神

池袋からの歴史散策のあとはレトロな都電か、最新の地下鉄か。
気分で決めたいものだ。


帰りは都電も楽しめる