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西村晃の路地を曲がれば、もう旅人

第29回 12月 「関ケ原から赤穂、そして熊野へ」

60歳になったことをきっかけに、これまで行きたくても行かれなかったところを重点に回るドライブ旅行を思い立った。
これまで講演旅行やら取材やらで、日本中を駆け巡ってきた。
日本国内47都道府県は毎年ほぼ回っている。
一般の方よりは相当旅のチャンスには恵まれていると思うが、それでも行こうとして、あるいは降りようとしてかなわないで今日にいたるところは数多い。
これからは地方に出かけるチャンスをとらえ、前後の日程に余裕を作り念願をかなえて行こうと考えたのである。

前回の秋田のリゾートしらかみ号への乗車もその一環だった。
鉄道の旅もいいが、これからはできればクルマで行きたいと思う。
というのも公共交通機関で行かれるところはだいたい行き尽くしており、秘境、秘湯というところほど残っているという事情がある。
そして何より年齢を重ねて重い荷物をもって鉄道やバスを乗り継ぐのはしんどくなっているし、せっかくだからカメラや資料、スケッチ用品といろいろ持参したい。
また長旅も想定しているから着替えも欲しい。
熟年層中心にキャンピングカー利用者が増えているのもそうした事情があるのだろう。

さて今回選んだのは、まず関ケ原と赤穂だ。
どちらも新幹線の沿線だからけっして不便なところではないが、やはりピンポイントでこの地で仕事があるということは少ない場所で、意外にも行く機会がないまま今日まで来た。

一日目。
早朝出発。午前中に関ケ原に着く。
青空に古戦場跡というノボリが翻っている。
「関ケ原古戦場」という碑が田畑の真ん中にぼつんと建つ。
中高年が私より先にカメラを向けていた。


念願叶った関ケ原古戦場訪問

周囲を見回してみると、あちこちに同様のノボリがはためいている。
東西の陣営の跡だ。
西軍の猛将、島左近の陣跡近くの小高い山の上に、西軍総大将、石田三成の陣跡がある。
ここは笹尾山という。
観光用に櫓が組んであり、甲冑姿の案内役が地図を見せながら東西の陣立てを説明してくれる。

櫓から周囲を睥睨する。
なるほど山に周囲を囲まれながらも広々とした平地が広がり、いまにも銃声やほら貝の音が聞こえてきそうだ。

笹尾山に今年できた交流館、関ヶ原町歴史民族資料館、徳川家最後の陣跡(床几場)などを見学し、すっかり気分は戦国武将になりきることができた。

念願の関ケ原見学を果たし、満足。


石田三成陣跡から睥睨する

昼食後1時間余りで滋賀県東近江市へ。
「三方よし」で知られる近江商人発祥の地だ。
近江商人博物館に立ち寄り近江商人の系譜、心構えなどを知る。
そのあと豪商たちが暮らした五個荘の古い街並みを散策した。
ここから信長が栄華を極めた安土城も近い。

夕方、五個荘を出発し名神高速道路を今夜の宿泊地神戸を目指して走る。
途中、大津サービスエリアで食べた「宝牧場」のソフトクリームの濃密な味は印象的だった。


紅葉と戯れる晩秋のドライブ旅行は楽しい

神戸市内に入る前に六甲山に上り、展望台からの眺めを楽しんだ。
夕飯は南京町で中華料理。
横浜と比べると規模では劣るが、やはり神戸でまず食べるとなれば中華を選んでしまう。
宿は海岸線の「神戸メリケンパークオリエンタル」。
ベランダから見える港神戸は美しい。
震災の頃と比べると高層マンションが増えたことをあらためて感じる。
あの廃墟の街を取材で彷徨い歩いた経験はもうずいぶん古くなった。

二日目。
朝食後ホテルの周辺を散歩。
埠頭でもアジや太刀魚が釣れるという。
チェックアウトしおよそ1時間で赤穂へ、赤穂大石神社と城跡に行く。
ここもこれまで来る機会がなかった。
神社参道の四十七士の像がりりしい。


赤穂市 大石神社

クルマで10分ほど走り赤穂御崎の浜に行く。
丸山海岸から小豆島が正面に見える。
昼食後、岡山市へと向かう。


小豆島を臨む赤穂御﨑

およそ1時間半で後楽園。
紅葉が美しく、最高の季節に行くことができた。


後楽園

今回の行程は、この日夜倉敷市で講演があることから日程を作った。
夕方には倉敷に入り美観地区にあるアイビースクエアを会場に地元の皆さんに講演を行った。


倉敷美観地区

私の場合、全国に講演などで出かける。
これまでは仕事を終えるとすぐに東京に帰っていたが、60歳からは、講演を利用して、前後に旅を挟むことにしたわけだ。

三日目。
快晴、瀬戸大橋からの眺めがすばらしい。
四国側の坂出市にある「東山魁夷せとうち美術館」の庭からは大橋を望める。


瀬戸大橋

美しい絵画と自然を鑑賞した後は、高松市屋島にある讃岐うどんの有名店「わら家」へ。


さぬきうどんに 舌鼓

午後からは、鳴門に向かい大塚国際美術館で時間をとる。
陶版で製作した世界の絵画を見るのに3時間はたっぷりかかる。
今秋で3度目だが何回来ても楽しい。
閉館時刻5時に外にでるともう外は薄暗い、鳴門の渦潮を見ながら鳴門大橋を渡り、淡路島、明石大橋を経て、神戸、大阪と通過し本日は和歌山市に泊まる。


大塚国際美術館


四日目。
和歌山に宿泊した理由は本日熊野古道に行くためである。
熊野三山と言われる熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社への参詣ルートはいくつかあるが、紀伊田辺から入るのが大阪方面からは一般的だ。

熊野本宮大社は、神仏習合の社として主祭神素戔嗚尊(家津御子大神)、本地仏は阿弥陀如来を祀る。
極楽浄土の地である熊野へ参拝することは即ち蘇り・再生を意味し、さらには熊野三山がそれぞれお祀りしている本地仏、速玉大社は薬師如来のお力で前世の救済を、那智大社は千手観音のお力で現世の利益を、そして本宮大社は阿弥陀如来のお力により来世の加護を頂く事ができると伝えられ、この神と仏の一体感こそが熊野信仰の神髄といえる。

川原にある大斎原(おおゆのはら)、熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある中洲にあった。
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうだ。


熊野本宮大社

熊野川沿いに車を走らせ新宮市へ。
神倉神社にまず行く。
神倉神社は、熊野大神が熊野三山として祀られる以前に一番最初に降臨された聖地。
天ノ磐盾という峻崖の上にあり、熊野古道中の古道といわれる五百数十段の仰ぎ見るような自然石の石段を登りつめた所に御神体のゴトビキ岩がある。
お参りするまでの急な石段の道ですっかり足が痛くなった。


クルマで5分ほどのところにあるのが熊野速玉大社。
まだ社殿がない原始信仰、自然信仰時代の神倉山から、初めて真新しい社殿を麓に建てて神々を祀ったことから、この神倉神社に対して「新宮社」と呼ばれる。
熊野の神々は、神代の頃、まず初めに神倉山のゴトビキ岩に降臨し、その後、景行天皇五十八年、現在の社地に真新しい宮を造営して遷り、「新宮」と号したとされる。

悠久の古より人々から畏れ崇められてきた神倉山には、初め社殿はなく、自然を畏怖し崇める自然信仰、原始信仰の中心であった。


熊野速玉大社

昼食に地元で上がる地魚の寿司を食べ、海岸線を楽しみながら那智大社へ。
大門坂駐車場に車を停め、熊野古道を歩く。
夫婦杉、熊野九十九王子最後の多富気(たふけ)王子。
那智大社まで1.2km、470段の階段を上る。
熊野古道は往古熊野詣の人々が通った道を指し、京洛の地より山川80里片道15日間の行程であり、熊野九十九王子で有名。
当社付近には大雲取・小雲取越えや、800余年を経た夫婦杉のある大門坂が、昔の石畳の姿のまま今に残っており、国指定の歴史の道として保護されている。

熊野那智大社に着いたころはもう足がガクガクだった。


熊野那智大社

熊野那智大社は、田辺市の熊野本宮大社、新宮市の熊野速玉大社とともに熊野三山の一社。
全国約4,000社ある熊野神社の御本社で、日本第一大霊験所根本熊野三所権現として崇敬の厚い社。
祭神「熊野夫須美大神」の御神徳により「結宮(むすびのみや)」と称され、人の縁だけでなく諸々の願いを結ぶ宮として崇められてきた。
那智御瀧は自然を尊び延命息災を祈る人が多く、また八咫烏の縁起により導きの神として交通・海上の安全の守護を祈り、さらに御神木の梛の木は無事息災をあらわすものとして崇められている。
苦労して上ったがここから見る三重塔と那智の滝は美しく、疲れを忘れる。

クルマに戻りおよそ一時間、本日の宿に着く。


那智の滝

五日目。
最終日天気予報は雨。
まず、宿近くの「花の窟(はなのいわや)神社」へ。
花の窟に社殿はなく、高さ45メートルの岩をご神体とする。
神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵。
2004年花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録。
花の窟神社は日本書紀にも記されている日本最古の神社。
花の窟では年2回、例大祭を行う。
神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれる約170メートルの大綱を岩窟上45メートル程の高さの御神体から境内南隅の松の御神木にわたす。
この「御綱掛け神事」は太古の昔から行われており「三重県無形文化指定」である。

紀勢自動車道経由で最後の訪問地伊勢神宮へ。
雨が降り出した、傘をさしながら、伊勢神宮外宮、 猿田彦神社とまわる。


伊勢外宮

猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ導く大神。
古事記、日本書紀などにも「国初のみぎり天孫をこの国土 に御啓行(みちひらき)になられた」と伝わる。
車を猿田彦神社の駐車場に置き、おはらい町、おかげ横丁そして伊勢神宮内宮 と参拝した。


伊勢内宮

午後東京までおよそ7時間かけて戻る。
5日間、いままで行かれなかったところ、もう一度行きたかったところをつないだ度は熟年に向いたコースだった。
歴史と美術館、そしてなにより紅葉を眺めながらの旅。
至福の時間を満喫した。